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カスハラ対策が全事業主の義務に。断る線は契約の範囲で決める

公開 2026.10.05

10月1日、カスハラ対策が全ての事業主の義務になった。カスハラかどうかの線は、相手の態度より先に「契約で何を売っているか」で引かれる。社員に任せてきた線引きを会社が先に決める。定義と10の措置から、自社の線の引き方まで図で整理する。

同じ苦情の電話に、週2回・1時間ずつ付き合うとします。

年にすると104時間。社員1人の13日分の勤務です。

その電話をどこで切るか。これまでは、電話を取った社員が決めてきました。10月1日からは、どう対応するかを会社が先に決めておくことが義務になりました。

最初に結論:カスハラ対策は「売っていないもの」を決めることから

まず見るべき判断表|自社の取引の形から考える最初の一手

自社の状況最初に決めること
個人のお客さんと毎日たくさん接する(飲食・小売・美容・宿泊)その場で誰に代わり、どこで打ち切るかを短いルールにする
個人相手で1件が重い(住宅・リフォーム・不動産・士業)見積書や契約書に含まないものを書く
会社相手で回数が少ない(製造・建設)取引先の担当者も対象と押さえ、自社が加害側に回らない方針も決める
会社相手で回数が多い(卸・運送・IT受託・保守)範囲外の依頼を断るか、追加の見積もりで受けるかを決める
苦情の電話をどこで切るかが、電話を取った人しだい「うちが売っていないもの」を3行で書き出す

カスハラの線は、相手の態度より先に「契約で何を売っているか」で引かれます。社員の我慢に任せてきた線引きを、会社が先に決めて伝えることが今回の義務の本質です。

10月1日、全ての事業主に「10の措置」が義務になった

10月1日、改正された労働施策総合推進法が施行されました。顧客などからのハラスメント、いわゆるカスハラを防ぐ措置が、事業主の義務になりました。中身は、厚生労働省が今年2月に告示した指針に書かれています。

義務を負うのは、人を雇う全ての事業主です。守る相手は正社員だけではありません。パートや契約社員、受け入れている派遣社員も含まれます。

講じる措置は、全部で10あります。社員を守る方針を決めて伝えること。相談窓口を置くこと。起きた後にすぐ事実を確かめ、再発を防ぐこと。そして、悪質なものへの対処を先に決めておくことです。

図1 10月1日から、人を雇う全ての事業主に「10の措置」。方針を決めて伝える2つ、相談の窓口2つ、起きた後の対応3つ、悪質なものへの抑止1つ、プライバシーの保護と不利益な扱いの禁止2つ。守っていないと、国が報告を求め、助言・指導・勧告をし、勧告に従わなければ公表されることがある

出典:厚生労働省リーフレット「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます!」、同「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)、労働施策総合推進法(第33条、第42条、第45条、第51条)をもとに筆者作成。措置の言い方は筆者が短くしたもの。

守っていない会社には、国が報告を求めたり、助言・指導・勧告をしたりできます。勧告に従わなければ、そのことを公表される場合があります。報告をしない、うその報告をした場合は、20万円以下の過料です。

そもそもカスハラとは?「3つの関所」を全部通ったもの

指針は、カスハラを3つの要素で決めています。ここでは、3つの関所に見立てます。全部を通ったものだけがカスハラで、1つでも通らなければカスハラではありません。

1つめの関所は、相手が「顧客等」であることです。お客さんだけではありません。取引先の担当者や、契約交渉の相手も含まれます。施設の近隣住民や、これから買うかもしれない人も入ります。

2つめは、言動が社会通念を超えていることです。超え方は2通りあります。要求の中身が超える場合と、暴言や執拗な電話のように、やり方が超える場合です。どちらか一方だけでも当たりえます。

3つめは、社員の働く環境が害されることです。ふつうの働き手が同じことをされたら、働くうえで見過ごせない支障が出るか。その目線で判断します。

図2 カスハラは「3つの関所」を全部通ったもの。関所1は相手が顧客等であること(取引先の担当者や契約交渉の相手も含む)、関所2は要求の中身かやり方が社会通念を超えること、関所3は働く環境が害されること。苦情の全てがカスハラではなく、社会通念の範囲の苦情は正当な申入れ

出典:厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)をもとに筆者作成。

大事なのは、苦情の全てがカスハラではない点です。指針は、社会通念の範囲の苦情を「正当な申入れ」と呼び、カスハラには当たらないとしています。障害のある人が、配慮を求めることも当たりません。つまり、この法律は「苦情を減らす」法律ではなく、「越えてはいけない線」を引く法律だということです。

本当に変わること:線を引くのが「社員」から「会社」になる

多くの解説は、10の措置をチェックリストにして終わっています。けれども、このニュースの本質は、窓口や規程をそろえることではありません。「何を、どこまで売るか」を会社が言葉にし、その線を現場の社員から会社に引き取ることです。

なぜ「売るもの」の話になるのか。指針は、2つめの関所について、言動の中身が「契約内容からして相当性を欠くもの」を挙げています。典型例の1つも「契約等により想定しているサービスを著しく超える要求」です。つまり、線の位置は、自社が契約で何を売っているかで決まります。

ところが、多くの会社では、その範囲が言葉になっていません。厚生労働省の2023年度の調査では、取組を進めるうえでの課題として、正当なクレームと区別する「明確な判断基準を設けることが難しい」が、「特にない」に次いで多く挙がりました。売っているものの範囲が曖昧なら、線も引けません。これまでは、電話を取った社員が、その場の我慢で線を引いてきたということです。

図3 線は「何を、どこまで売っているか」で引かれる。契約どおりの要求や苦情は正当な申入れで、契約を著しく超える要求はカスハラになりうる。その線を引くのは、これまでは電話を取った社員だったが、10月1日からは会社が対処の内容と悪質なものへの方針を先に決めて伝える

出典:厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)をもとに筆者作成。

指針は、会社が決めておく対処の例まで挙げています。説明を尽くしても要求が続くなら、一定の時間で退店を求めたり、電話を切ったりする。悪質なものには、法令の範囲で、その人に商品やサービスを提供しないことも挙がっています。どの客に、どこまで売るか。これは本来、社長が決める経営の判断です。

成長に効くか、仕組みになるか、人が育つか。この3つの物差しで見ると、これは「仕組みになるか」の問題です。線引きが社員一人ひとりの我慢に任されているうちは、人によって線が違い、仕組みになりません。

「人が育つか」でも同じです。指針は、可能な限り社員を一人で対応させないことを、対処の例に挙げています。指針も、カスハラが社員の休職や退職につながりうることを挙げています。線を会社が持てば、社員は線の手前の苦情に、落ち着いて向き合えます。社員が辞めていないかを離職率で確かめる方法は「人事制度の見直しでエンゲージメント向上」で扱っています。

数字で見ると:我慢の時間は、年に社員13日分

冒頭の電話の例を、計算で確かめます。同じ苦情の電話に、週2回・1時間ずつ付き合うと、年104時間です。

1日8時間で割ると、13日分になります。

相手がたった1人でも、社員の約半月分の勤務が、そこに消えていきます。

会社の側の準備は、追いついていませんでした。厚生労働省の2023年度の調査では、従業員30人以上の企業のうち、過去3年にカスハラの相談があったのは27.9%でした。

3年前の調査の19.5%から、増えています。

SURVEY DATA

カスハラの相談と、会社の取組の状況

13日分

週2回・1時間の苦情対応を1年続けた時間(年104時間、筆者試算)

55.8%

カスハラへの取組が「特にない」と答えた企業

過去3年にカスハラの相談があった(2020年度調査)19.5%
過去3年にカスハラの相談があった(2023年度調査)27.9%
出典:厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)」(2024年3月、PwCコンサルティング)。従業員30人以上の企業が対象。

一方で、カスハラへの取組を聞くと、「特にない」が55.8%で最も多い答えでした。調査は義務化の前のものです。それでも、半分を超える会社が、ゼロから線を引くことになります。

図4 我慢の時間は、年に社員13日分にもなる。同じ苦情の電話に週2回・1時間ずつ付き合うと年104時間、1日8時間で割ると13日分。従業員30人以上の企業で、過去3年にカスハラの相談があったのは2020年度調査の19.5%から2023年度調査の27.9%に増え、取組は「特にない」が55.8%

上段は筆者試算(1時間×週2回×52週、1日8時間で換算)。下段は厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)」(2024年3月、PwCコンサルティング)による。

うちの業界は? 相手と回数で、線を引く場所が変わる

同じ義務でも、線を引く場所は業界で違います。分かれ目は2つです。相手が個人のお客さんか、取引先の会社か。そして、接する回数が多いか、1件が重いかです。

個人のお客さんと毎日たくさん接する飲食・小売・美容・宿泊では、被害が身近です。同じ調査で、宿泊業・飲食サービス業で働く人の16.0%が、過去3年に被害を経験していました。ここでは、誰に代わり、どこで打ち切るかを、短いルールにしておくことが中心になります。

意外なのは、会社を相手にする業界です。指針は、取引先の担当者も「顧客等」に入れています。それでも、同じ調査では、製造業や建設業は、取組の実施割合が他の業種より低い結果でした。

しかも、会社相手の業界では、自社が加害側に回ることもあります。法律は、事業主や役員にも、他社の社員への言動に注意するよう努力を求めています。あなたの会社の購買担当が、仕入先にとってのカスハラ客になっていないか。そこまで見る必要があります。頼む側が支払いや型の保管で取引先に負担を寄せ、国から勧告を受けた例は「給湯器メーカーに取適法で勧告。手形と金型保管、支払条件を見直す」で取り上げています。

図5 相手と回数で、線を引く場所が変わる。個人で1件が重い住宅・リフォーム・不動産・士業は見積書や契約書に含まないものを書く。個人で回数が多い飲食・小売・美容・宿泊はその場の対処を短いルールに。会社相手で回数が少ない製造・建設は取引先の担当者も対象で、自社が加害側に回らない方針も要る。会社相手で回数が多い卸・運送・IT受託・保守は範囲外の依頼の受け方を決める

筆者整理。業種の置き場所は代表的な例で、会社によって異なる。宿泊業・飲食サービス業の16.0%と、製造業・建設業の取組の実施割合は、厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)」による。

あなたの会社では?「売っていないもの」を書き出す

あなたの会社で、苦情の電話をどこで切るかが、電話を取った人しだいになっていないでしょうか。もしそうなら、このニュースの当事者です。打ち手は、窓口の設置より先に、売っているものの範囲を言葉にすることです。

個人のお客さんに売る会社なら(飲食・美容・住宅リフォームなど)、メニューや料金表、見積書に載っていないものが線になります。「載っていないものはしない」と決め、その場で誰に代わるかを添えます。

取引先に納める会社なら(受託製造・IT・運送など)、契約書や仕様書の外が線になります。範囲外の依頼は、断るか、追加の見積もりで受けるかを決めておきます。商談の段階で仕様や追加作業の単価をどう握るかは「営業ヒアリングの技術」で扱っています。あわせて、自社の社員が取引先に無理を言わない方針も、同じ紙に書きます。

明日やるなら、「うちが売っていないもの」を3行で書き出してください。次に、その場で打ち切る線を、時間・回数・内容で決めます。最後に、悪質なときに法令の範囲でどこまでやるかを決めます。

図6 明日やること:「売っていないもの」と「打ち切りの線」を1枚に。1は商品やサービスの範囲の外を3行で書く、2はその場で打ち切る線を時間・回数・内容で決めて誰に代わるかも書く、3は悪質なときの方針を社長が決めておく。書いたら全員に配り、1人で対応させない

筆者作成。例は飲食店で、数字や中身は自社の商品・業種に合わせて決める。

ただし、正当な申入れには応じることが前提です。指針は、障害のある人への合理的な配慮や、消費者の権利に留意するよう求めています。法律でサービスの提供が義務づけられている業種や、止めると命や健康に重い影響が出るサービスでも、配慮が要ります。

最後に、1つだけ問いを置きます。あなたの会社は、どのお客さんになら「もう売りません」と言えるでしょうか。その答えを持っていることが、社員を守る線の出発点になります。

5問で確認する カスハラ対策の準備度

10の措置のうち、線引きに関わる部分がどこまで整っているかを確かめる簡易チェックです。

SELF CHECK / 無料・登録不要

5問で確認|カスハラ対策の準備度

10月1日時点の自社の状態に、いちばん近いものを選んでください。回答はこの端末の中だけで処理され、送信・保存されません。

回答の進捗0 / 5
  1. Q1自社が売っているもの・売っていないものの範囲を、言葉にしている
  2. Q2その場で打ち切る線(時間・回数・内容)と、誰に代わるかを決めている
  3. Q3社員を守る方針を決め、パート・契約社員・派遣社員にも伝えている
  4. Q4カスハラの相談窓口を置き、起きた後に事実を確かめる手順がある
  5. Q5自社の社員が取引先に無理を言わない方針も、同じ紙に書いている

※一般的な検討項目を整理するための編集部独自の目安です。成果や適法性を判定・保証するものではありません。

まとめ

10月1日から、カスハラ対策は人を雇う全ての事業主の義務になりました。苦情の全てがカスハラではなく、社会通念の範囲の苦情は正当な申入れです。線の位置は、自社が契約で何を売っているかで決まります。これまで電話を取った社員が引いてきたその線を、会社が先に決めて伝えることが、10の措置の出発点です。

NEXT ACTION / 次にやること

「うちが売っていないもの」を3行で書き出す

次に、その場で打ち切る線を時間・回数・内容で決め、誰に代わるかを添えます。悪質なときの方針は社長が決め、書いたら全員に配って、1人で対応させない形にしてください。

方針を決めて伝える、相談窓口を置くといった進め方は、すでに義務になっているパワハラ防止の措置と同じ形です。社内の指導とハラスメントの線引きは「OJTを成功させる仕組みづくり」で、取引先との契約で仕事の範囲をどう書くかは「契約書のチェックポイント」で扱っています。

出典・調査の対象範囲

  • 厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号、2026年2月26日) — カスハラの3要素・10の措置・対処の例の根拠。原文を読む
  • 厚生労働省リーフレット「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます!」 — 原文を読む
  • 厚生労働省リーフレット(詳細版)「2026年(令和8年)10月1日から、カスタマーハラスメント対策、求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策が義務化されます!」 — 原文を読む
  • 厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」 — 改正法の条文・理由。原文を読む
  • e-Gov法令検索「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」 — 条文を読む
  • 厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)」(2024年3月、PwCコンサルティング合同会社) — 従業員30人以上の企業と働く人が対象。義務化前の調査です。原文を読む

※判断表・自己診断・年104時間の試算は編集部の整理です。個別の事案の判断や法的な対応は、専門家や労働局に確認してください。

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