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退職金制度の設計 中退共・企業型DC・自社積立の選び方と将来負担
公開 2026.09.03
退職金は法律上の義務ではありません。中退共・企業型DC・iDeCo+・自社積立・生命保険の5つの器を、掛金の柔軟性・損金算入・倒産隔離・やめやすさで比較し、将来債務の試算手順まで整理します。

- 労働基準法は退職手当の支給を義務づけていない。ただし「定めをする場合」は就業規則への記載が必要(労基法89条3号の2)
- 中退共は掛金全額損金+国の助成という強みがある一方、退職金は機構から従業員へ直接支払われ、会社は原則として止められない
- 企業型DCの拠出限度額は2026年12月1日から月額5.5万円→6.2万円へ引き上げ。導入を検討中なら施行日を前提に設計する
退職金制度は、導入した年の負担が小さく、20年後・30年後に一気に表面化します。しかも「一度作るとやめにくい」という性質があり、慎重に設計しないと将来の資金繰りを縛ります。本稿では、まず入れるべきかどうかの判断軸を示し、次に5つの「器」を比較し、掛金・助成・税務の実額と、将来債務の試算手順、そして規程に書き漏らすと争いになる論点までを、一次情報の数値で整理します。
退職金は義務ではない。それでも7割の企業が持っている
退職金の支給を使用者に義務づける法律はありません。ただし制度を作るなら、就業規則への記載が法律上の要件になります。
労働基準法89条は、常時10人以上の労働者を使用する使用者に就業規則の作成・届出を義務づけたうえで、3号の2で「退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項」を記載事項としています(出典:e-Gov法令検索労働基準法、2026年9月時点)。つまり退職金は「絶対的必要記載事項」ではなく「相対的必要記載事項」です。制度を持たない選択も適法であり、持つと決めた瞬間に書面化義務が発生する、という構造になっています。
では実際にどれだけの企業が持っているのか。退職給付(一時金・年金)制度がある企業の割合は全体で74.9%、企業規模別では1,000人以上が90.1%、300〜999人が88.8%、100〜299人が84.7%、30〜99人が70.1%です(出典:厚生労働省令和5年就労条件総合調査 結果の概況、令和5年10月)。規模が小さいほど保有率は下がりますが、30〜99人でも7割が持っています。
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退職給付(一時金・年金)制度がある企業の割合
東京都が都内中小企業(従業員10〜299人)を対象に実施した調査でも、有効回答659社のうち退職金制度が「あり」は64.2%、「なし」は34.4%でした。制度ありと答えた企業のうち76.1%が「退職一時金のみ」、17.3%が「退職一時金と退職年金の併用」、6.6%が「退職年金のみ」です(出典:東京都産業労働局中小企業の賃金・退職金事情(令和6年版)、令和6年版)。中小企業の実像は「一時金型が主流で、3社に1社は制度を持たない」あたりにあります。
導入の理由として説得力があるのは、採用と定着です。求人票に「退職金制度あり」と書けること自体が、同業他社との比較で効きます。中小企業の採用ブランディングを進めるなら、制度の有無は最初に問われる項目の一つです。一方で導入のリスクは明快で、一度作ると簡単にやめられないことに尽きます。この非対称性を理解したうえで、次の器の選択に進んでください。
最初に結論:5つの「器」をどう比べるか
退職金の準備方法は大きく5つです。比較軸は「掛金の柔軟性」「税務上の扱い」「倒産隔離」「従業員の受取」「やめやすさ」の5つに絞ると判断が速くなります。
まず見るべき判断表|退職金を準備する5つの器
| 器 | 掛金の柔軟性 | 税務上の扱い | 倒産隔離 | 従業員の受取 | やめやすさ |
|---|---|---|---|---|---|
| 中小企業退職金共済(中退共) | 5,000〜30,000円の16種類。増額はいつでも可、減額は従業員の同意または大臣認定が必要 | 掛金は法人=損金、個人=必要経費として全額非課税 | 外部積立。機構が管理 | 機構から従業員の口座へ直接振込 | 契約解除は従業員の同意または大臣認定。解約手当金は従業員へ |
| 企業型確定拠出年金(DC) | 規約で定めた範囲。限度額は月額5.5万円(2026年11月まで)→6.2万円(2026年12月〜)。いずれも他制度の掛金相当額を差し引いた額 | 事業主掛金は損金算入 | 外部積立。資産管理機関が管理 | 原則60歳以降。運用結果は従業員が負う | 制度終了は規約変更・承認手続が必要 |
| iDeCo+(中小事業主掛金納付制度) | 加入者掛金と合算で月5,000〜23,000円、1,000円単位(2026年11月まで)。12月以降の取扱いは後述 | 事業主掛金は全額損金算入 | 外部積立(従業員のiDeCo口座) | 原則60歳以降 | 労使合意で見直し可。ただし不利益変更の論点は残る |
| 自社積立(社内留保) | 完全に自由 | 退職給与引当金制度は廃止済み。支給時まで損金にならない | なし。倒産時は他の債権と競合 | 会社が直接支給 | 規程の変更=労働条件の不利益変更 |
| 生命保険(養老保険等) | 契約内容による | 一定の要件を満たすと保険料の2分の1が損金 | 契約者は法人。解約返戻金は会社の資産 | 会社が直接支給(保険金は原資) | 解約は可能だが解約返戻金が元本割れすることがある |
退職金は義務ではありませんが、規程に書いた瞬間に労働条件になり、あとから減らすのは容易ではありません。器は「掛金の柔軟性」と「倒産隔離」のトレードオフで選び、必ず払う基礎部分は外部、上乗せは自社と役割を分けると資金繰りへの負荷を抑えられます。
読み方のコツは、「掛金の柔軟性」と「倒産隔離」はトレードオフになりやすいという点です。自社積立はいくらでも自由に積めますが、会社の財産と分かれていないため、倒産時に他の債権と競合し、原資が残る保証がありません。逆に中退共は倒産隔離が効く代わりに、掛金の減額にも解約にも従業員の同意(または厚生労働大臣の認定)が要ります。どちらが自社の資金繰りに合うかは、手元資金を何か月分持つべきかという論点と直結します。
中退共の掛金・助成・加入要件を実額で押さえる
中退共は中小企業の退職金の受け皿として設計された国の制度です。数字を押さえておくと、初年度の実質負担が見えます。
加入できるのは中小企業者に限られ、業種ごとに次のいずれか一方を満たす必要があります。一般業種(製造・建設業等)は常用従業員300人以下または資本金・出資金3億円以下、卸売業は100人以下または1億円以下、サービス業は100人以下または5,000万円以下、小売業は50人以下または5,000万円以下です。個人企業や公益法人等は従業員数で判定します(出典:厚生労働省所管 独立行政法人勤労者退職金共済機構中退共 加入できる企業、2026年9月閲覧)。
掛金月額は5,000円から30,000円までの16種類(5,000〜10,000円は1,000円刻み、12,000円以上は2,000円刻み)から従業員ごとに選べます。所定労働時間が通常の従業員より短く、かつ週30時間未満の短時間労働者は、これに加えて2,000円・3,000円・4,000円の特例掛金月額も選択できます。掛金は全額事業主負担で、一部でも従業員に負担させることはできません。
| 国の助成 | 内容 | 期間 | 対象外となる場合 |
|---|---|---|---|
| 新規加入助成 | 掛金月額の2分の1(従業員ごとに上限5,000円)。短時間労働者の特例掛金2,000円・3,000円・4,000円には2分の1に加えて300円・400円・500円を上乗せ | 加入後4か月目から1年間 | 事業主と生計を一にする同居の親族のみを雇用する事業主 など |
| 月額変更助成 | 18,000円以下の掛金月額を増額した場合、増額分の3分の1 | 増額月から1年間 | 20,000円以上の掛金月額からの増額。助成期間内(12か月)に減額すると打ち切り |
(出典:勤労者退職金共済機構よくわかる中退共制度 ダイジェスト版、および同機構掛金、2026年9月閲覧)
たとえば従業員10人を掛金月額10,000円で新規加入させると、4か月目から12か月間は1人あたり5,000円が助成されるので、この期間の実質負担は月5万円、助成総額は60万円になります。国の助成が入る分、導入初年度の負担が抑えられる点は評価してよいでしょう。
一方で、退職金の出方には癖があります。中退共の退職金は「基本退職金」と「付加退職金」の2本立てで、基本退職金は掛金月額と掛金納付月数に応じて法令で定められた額(予定運用利回り1%として設定)、付加退職金は掛金納付月数の43か月目とその後12か月ごとの基本退職金相当額に、厚生労働大臣が定めるその年度の支給率を乗じた額の累計です。そして掛金の納付が1年未満の場合は退職金が支給されません。1年以上2年未満は掛金相当額を下回り、2年から3年6か月で掛金相当額と同水準、3年7か月から掛金相当額を上回ります。
| 掛金月額10,000円の場合 | 掛金累計 | 基本退職金額 |
|---|---|---|
| 1年(12月) | 120,000円 | 36,000円 |
| 3年(36月) | 360,000円 | 360,000円 |
| 5年(60月) | 600,000円 | 608,200円 |
| 10年(120月) | 1,200,000円 | 1,265,600円 |
| 20年(240月) | 2,400,000円 | 2,666,600円 |
| 30年(360月) | 3,600,000円 | 4,213,100円 |
(出典:勤労者退職金共済機構「よくわかる中退共制度 ダイジェスト版」基本退職金額表。付加退職金は含まない)
短期離職が多い職場では、掛金が実質的に掛け捨てになる従業員が出ます。定着率の実態を見ずに全員を高い掛金で加入させると、想定より効率の悪い支出になり得ます。
中退共の落とし穴:会社は支給を止められない
中退共で見落とされやすいのは、お金の流れです。退職金は中退共本部から退職した従業員の預金口座へ直接振り込まれ、事業主が従業員に代わって受け取ることはできません。
この構造から、次の3つの制約が生まれます。
第一に、懲戒解雇でも会社の一存では減額できません。減額するには厚生労働大臣(船員は地方運輸局長)の認定が必要で、退職日の翌日から起算して20日以内(必着)に「退職金減額認定申請書」を厚生労働省雇用環境・均等局勤労者生活課へ送付しなければなりません。認定書を受け取ったら、その翌日から10日以内に「退職金減額申出書」を機構へ提出します。しかも、事業主が減額したいとする額が従業員にとって過酷と認められるときは機構が額を変更でき、退職金の額を全額減額することはできません。さらに減額分は長期加入者の退職金支払財源に繰り入れられ、事業主には戻りません(出典:勤労者退職金共済機構懲戒解雇の場合には退職金を減額することができますか?、2026年9月閲覧)。
第二に、掛金の減額も自由ではありません。減額できるのは「掛金月額の減額をその従業員が同意した場合」または「現在の掛金月額を継続することが著しく困難であると厚生労働大臣が認めた場合」に限られます。増額はいつでもできるのに減額は片道切符に近い、という非対称な設計です。
第三に、契約の解除も同じです。事業主からの退職金共済契約の解除は、従業員の同意が得られたとき、または掛金納付の継続が困難であると厚生労働大臣が認めたときに限ってできます。12か月以上の掛金を納付している従業員については解約手当金が支給されますが、その受取人も従業員です。解除は将来に向かってのみ効力を生じ、遡って解除することはできません(出典:勤労者退職金共済機構退職金共済契約を解約したいのですがどうすればいいですか?、2026年9月閲覧)。
❌ 中退共に入っておけば、問題を起こした社員には払わなくて済むよう規程で調整すればいい ⭕ 中退共からの支給は原則止められない前提で、自社上乗せ部分にだけ懲戒時の減額条項を置く
会社が支給可否をコントロールしたい部分があるなら、その部分は中退共ではなく自社規程の上乗せとして設計するのが現実的です。基礎部分を中退共、上乗せを自社制度という二階建ては、責任範囲を限定しながら制度の見え方を厚くする組み方になります。
企業型DCとiDeCo+:2026年12月に限度額が変わる
確定拠出年金は「会社は拠出まで、運用結果は従業員」という責任分担の制度です。ここは2024年と2026年に続けて改正が入っているため、古い数字のまま設計すると噛み合いません。
まず2024年12月1日から、企業型DCの拠出限度額は「月額5.5万円からDB等の他制度掛金相当額を控除した額」となりました。DBのほか厚生年金基金・私立学校教職員共済制度・石炭鉱業年金基金が他制度に含まれます。企業年金加入者のiDeCoは月額2.0万円かつ事業主拠出額との合計が月額5.5万円の範囲内、企業年金なしの会社員のiDeCoは月額2.3万円です(出典:厚生労働省確定拠出年金制度の拠出限度額、令和6年12月適用分)。
そして2026年12月1日から、企業型DCの拠出限度額は5.5万円から6.2万円に引き上げられます。第2号加入者のiDeCoについては、勤務先の企業年金の有無による差異を解消して共通の拠出限度額に一本化したうえで、月額6.2万円に引き上げられます。第1号加入者のiDeCoと国民年金基金の共通枠は月額7.5万円です。ただし他制度加入者のうち、2024年12月の政令改正に伴う経過措置により旧制度を適用している者の拠出限度額は従前の2.75万円のままです(出典:厚生労働省2025年の制度改正、令和8年7月更新、および同省「企業型確定拠出年金の拠出限度額引上げに係る事務の取扱いに関する参考資料」令和8年7月13日事務連絡)。
2026年4月1日にも中小企業に関係する改正が入っています。中小企業向けに手続きを簡素化していた簡易企業型年金(簡易型DC)は通常の企業型DCに統合され、簡素化されていた手続きの一部はすべての事業主に適用されました。マッチング拠出における「加入者掛金は事業主掛金を超えられない」という制限も撤廃されています。
企業型DCを立てるほどの体力がない場合の選択肢がiDeCo+(中小事業主掛金納付制度)です。実施できるのは、第1号厚生年金被保険者が300人以下で、企業型DC・確定給付企業年金・厚生年金基金のいずれも実施しておらず、労使合意を得た中小事業主です。拠出できるのはiDeCoに加入して事業主払込(給与天引き)で納付している従業員に限られ、加入者掛金と事業主掛金の合計が月額5,000円以上23,000円以下の範囲、1,000円単位で決めます。事業主掛金は全額損金算入できます(出典:厚生労働省iDeCo+のご案内(事業主向け)、2026年4月現在)。
なお2026年12月の改正で明記されているのは、企業型DCの限度額引上げと、第2号加入者のiDeCoを共通枠(月額6.2万円)に一本化するという2点です。iDeCo+(中小事業主掛金納付制度)の合計上限がこの共通枠に連動するかどうかは、公表資料からは読み取り切れませんでした。導入時期が2026年12月前後にかかる場合は、国民年金基金連合会または運営管理機関に最新の取扱いを確認してください。
❌ 「iDeCo+なら会社の手続きが軽いから、全社員に一律で入れよう」と決めて説明会を開く ⭕ iDeCoに加入していない従業員には拠出できない制度だと理解したうえで、加入促進とセットで設計する
iDeCo+はiDeCoの加入者にしか上乗せできず、加入者掛金を0円にすることもできません。従業員側の行動が前提になる制度なので、人事制度の見直しの文脈で、老後資産形成の説明とあわせて進めるほうが定着します。
支給水準の決め方と、将来債務の試算のしかた
「いくら払うか」は、相場から入るより自社が耐えられる金額から入るほうが安全です。ただし相場を知らないと社内説明ができないので、公的統計の数値は押さえておきます。
厚生労働省の調査では、令和4年1年間に勤続20年以上かつ45歳以上で定年退職した人の1人平均退職給付額は、大学・大学院卒(管理・事務・技術職)が1,896万円、高校卒(管理・事務・技術職)が1,682万円、高校卒(現業職)が1,183万円でした(出典:厚生労働省「令和5年就労条件総合調査 結果の概況」第22表)。ただしこれは大企業を含む全規模の平均です。
中小企業に絞ると水準は下がります。東京都の調査によれば、学校を卒業してすぐ入社した者が普通の能力と成績で勤務した場合のモデル退職金は、定年時で高校卒9,741千円、高専・短大卒9,920千円、大学卒11,495千円でした(出典:東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情(令和6年版)」)。おおむね1,000万円前後が都内中小企業の一つの目安になります。
水準を決めたら、必ず年度別の支給見込みを並べてください。手順は次の4つです。
- 全従業員の入社年月と生年月を一覧化し、定年到達年度を割り付ける
- 各年度の支給見込額を合計し、その年度の想定営業利益・想定現預金と並べる
- 自己都合退職率を織り込んだ現実的な見込額を別ラインで作る(統計上、勤続20年以上かつ45歳以上の退職者のうち自己都合は31.7%)
- 掛金累計と支給見込額の差額=自社で埋める必要がある金額を年度別に出す
創業期に一斉入社した層がある会社では、支給が特定年度に集中します。その年度の営業キャッシュフローで吸収できないなら、水準を下げるか、支給時期を分散する設計(定年年齢の選択制など)を検討することになります。この試算は事業計画書の長期見通しに組み込んでおくと、金融機関への説明でも使えます。
算定方式で失敗する型:基本給連動・勤続年数比例・ポイント制
支給額の決め方は主に3つで、将来債務への効き方がまったく違います。
最終給与比例方式は「退職時基本給×勤続年数別支給率×退職事由係数」で計算します。分かりやすさは最大の長所ですが、退職金が基本給に連動するため、昇給・ベースアップがそのまま将来債務を押し上げます。しかも支給率は勤続年数とともに逓増するので、昇給率と勤続年数の掛け算で効いてきます。基本給を月2万円上げると、勤続30年の支給率が40か月分の設計なら、その1人の退職金が80万円増える計算です。近年のように賃上げが続く局面では、人件費の意思決定と退職債務の意思決定が同時に動いてしまい、賃上げのブレーキになりかねません。
定額方式(勤続年数比例)は勤続年数だけで決めます。単純で、債務が読みやすい反面、貢献度の差がまったく反映されません。長く在籍しただけの人と、事業を伸ばした人が同額になります。
ポイント制は、等級ポイントと勤続ポイントの累計にポイント単価を掛けて計算します。在職中の等級(=貢献の蓄積)を反映でき、かつポイント単価を会社が別に定めるため、昇給と退職債務を切り離せるのが最大の利点です。中小企業で新設するなら、この方式が扱いやすい場面が多いでしょう。ただし等級制度が形骸化していると、ポイントが年功と同じ動きになるだけです。
❌ 「わかりやすいから」と最終給与比例方式にして、そのあと毎年ベースアップを続ける ⭕ ポイント制にして単価を別建てにし、賃上げの意思決定と退職債務の意思決定を切り離す
いずれの方式でも、退職金は在職中の評価の後払いです。等級とポイントを連動させるなら、評価の運用が先に整っている必要があります。KPI設計と運用のように、実際に回る粒度まで落として設計してください。
自己都合・会社都合・懲戒解雇の差は、規程に書いていないと争いになる
退職事由による差は実務上ふつうに設けられていますが、根拠は法律ではなく自社の規程です。書き漏らすと支給時に争点になります。
統計でも事由による差は大きく、大学・大学院卒(管理・事務・技術職)で見ると、定年1,896万円に対し、会社都合1,738万円、自己都合1,441万円、早期優遇2,266万円でした(出典:厚生労働省「令和5年就労条件総合調査 結果の概況」第22表)。定年と自己都合で455万円の開きがあります。
労基法89条3号の2が求める記載事項は「適用される労働者の範囲」「退職手当の決定、計算及び支払の方法」「退職手当の支払の時期」です。これを踏まえると、退職金規程に最低限盛り込むべきは次の項目になります。
- 適用対象(正社員のみか、パート・有期を含むか、試用期間の扱い)
- 支給に必要な最低勤続年数
- 算定式(ポイント制なら等級ポイント・勤続ポイント・単価の定義)
- 退職事由別の係数(自己都合・会社都合・定年・死亡)
- 懲戒解雇時の不支給・減額の要件と手続
- 支払時期(退職後○日以内、など)
- 中退共等の外部制度がある場合、その給付を自社支給額に充当する旨
最後の「充当」条項は特に重要です。中退共からの支給と自社規程の支給を別々に受け取れる建て付けになっていると、自社規程で約束した額に中退共の給付が上乗せされ、二重払いになります。
なお中退共は退職事由によって退職金額に差が出ません(懲戒解雇等で厚生労働大臣の認定を受けて減額する場合を除く)。事由別の差を付けたいなら、その差は自社上乗せ部分で表現するしかない、という制約をあらためて確認してください。
税務の扱い:掛金の損金算入と、受け取る側の退職所得課税
制度の実質コストは、掛金の損金算入の可否と、従業員の手取りの両方で決まります。ここを外すと「積んだのに損金にならない」「受け取ったら想定より税金が重い」という事故が起きます。
会社側の扱いは器によって分かれます。中退共の掛金は法人企業なら損金、個人企業なら必要経費として全額非課税です(資本金・出資金1億円超の法人の法人事業税には外形標準課税が適用される点は別途注意)。企業型DCの事業主掛金、iDeCo+の事業主掛金も損金算入できます。これに対し、社内で積み立てるだけでは損金になりません。かつての退職給与引当金制度は廃止され、平成15年3月31日以後最初に終了する事業年度から取崩しが求められました(出典:国税庁法人税関係法令の改正のあらまし(課税ベースの見直し)平成14年8月)。会計上の退職給付引当金は計上できても、税務上は支給が確定するまで損金になりません。
生命保険を使う場合は契約形態が決定的です。養老保険で死亡保険金の受取人が被保険者の遺族、生存保険金の受取人が法人であれば、支払保険料の2分の1を資産計上し、残額は期間の経過に応じて損金算入します。ただし役員または部課長その他特定の使用人のみを被保険者としている場合、その残額はその役員・使用人に対する給与になります。死亡保険金・生存保険金の受取人がともに被保険者またはその遺族なら、保険料の全額が給与です(出典:国税庁No.5363 養老保険の保険料の取扱い、令和7年4月1日現在法令等)。「節税になると聞いたので入った」で名義設定を誤ると、想定と正反対の結果になります。
受け取る側の課税は、退職所得として他の所得と分離して計算されます。勤続年数をAとすると、退職所得控除額は勤続20年以下が「40万円×A(80万円に満たない場合には80万円)」、20年超が「800万円+70万円×(A−20年)」です。退職所得の金額は「(収入金額−退職所得控除額)×1/2」で求めます。
| 勤続年数 | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 5年 | 200万円 |
| 10年 | 400万円 |
| 20年 | 800万円 |
| 30年 | 1,500万円 |
| 38年 | 2,060万円 |
(出典:国税庁No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)、令和7年4月1日現在法令等 の計算式にもとづく)
短期勤続には例外があります。役員等としての勤続年数が5年以下の人が受け取る「特定役員退職手当等」には、1/2計算の適用がありません。役員等以外で勤続5年以下の人が受け取る「短期退職手当等」については、退職金から退職所得控除額を差し引いた額のうち300万円を超える部分に1/2計算が適用されません。
また、支払を受ける人が「退職所得の受給に関する申告書」を提出していない場合、支払者は退職手当等の支給額に20.42%の税率を乗じた所得税および復興特別所得税を源泉徴収します(出典:国税庁No.2732 退職手当等に対する源泉徴収、国税庁タックスアンサー)。中退共の場合、「退職金(解約手当金)請求書」に退職所得申告書欄が設けられており、そこに記載すれば税務署所定の申告書提出は不要ですが、同じ年に会社からも退職金を受け取っている場合などは別途書類が必要になります。
導入前の最終チェックと、やめるときの難しさ
最後に、決める前に必ず確認しておく点を並べます。ここを飛ばすと、5年後・10年後に身動きが取れなくなります。
既存の退職金を減らすのは、労働条件の不利益変更です。労働契約法9条は「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない」と定め、同10条は例外として、変更後の就業規則を周知させ、かつ変更が「労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なもの」であるときに限り効力を認めています(出典:e-Gov法令検索労働契約法、2026年9月時点)。合理性の判断は総合考慮であり、事前に確実な結論は出せません。既得部分を保全し、将来分から新方式を適用する経過措置と、説明会・個別同意の記録が実務上の防御線になります。
導入前チェックリストは次のとおりです。
- 何のために払うのか(長期勤続への報酬か、貢献の後払いか、老後保障の補完か)を1文で言えるか
- 会社が負う責任は「拠出まで」か「給付額の保証」か。保証するなら運用悪化時の追加拠出に耐えられるか
- 支給集中年度の見込額を出したか。その年度のキャッシュで払えるか
- 中退共の給付を自社支給額に充当する条項を規程に書いたか
- 懲戒解雇時の取扱いを、中退共部分と自社上乗せ部分に分けて書いたか
- 役員退職慰労金は従業員とは別建てにし、株主総会決議と支給基準を整えたか
役員退職慰労金は、従業員の退職金とは制度も税務も別物です。事業承継の局面では、退任する経営者への退職慰労金が株価対策や資金移動の論点と絡みます。承継のスケジュールが視野に入っているなら、事業承継の進め方と5つのステップとあわせて、税理士・社労士に個別の設計を確認してください。制度の器と水準は、いったん決めると動かすのに従業員の同意か、変更の合理性の立証が要ります。決める前の1か月を惜しまないことが、結果的にいちばん安く済みます。
5問で確認する 退職金制度の設計の準備度
導入・見直しの前に、決めておくべきことが揃っているかを確かめる簡易チェックです。
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5問で確認|退職金制度の設計の準備度
導入を検討中、または既に制度がある前提で、いまの状態にいちばん近いものを選んでください。回答はこの端末の中だけで処理され、送信・保存されません。
※一般的な検討項目を整理するための編集部独自の目安です。成果や適法性を判定・保証するものではありません。
まとめ
退職金は法律上の義務ではありませんが、30〜99人規模でも7割の企業が持ち、採用と定着で効きます。一方で、規程に書けば労働条件になり、減らすには従業員の同意か変更の合理性が要ります。5つの器は、掛金の柔軟性と倒産隔離のトレードオフで比べ、導入前に支給集中年度の見込額と規程の書き漏らしを確認してください。
NEXT ACTION / 次にやること
今後20年で退職する社員を並べ、支給が集中する年度を見つける
社員の年齢と勤続年数から定年退職の年を並べ、想定する支給水準を当てはめます。最も支給が重なる年度の金額が、その年のキャッシュで払えるかが、器と水準を決める出発点です。
よくある質問
Q退職金制度を作らないと、法律違反になりますか。
なりません。労働基準法は退職手当の支給を義務づけていません。ただし、制度を設ける場合は、適用される労働者の範囲、退職手当の決定・計算・支払の方法、支払の時期を就業規則に記載する必要があります(労基法89条3号の2)。逆に言えば、「慣行として退職者に一定額を払っている」状態を放置すると、規程がないまま労働条件として固定されるおそれがあるので、支給しないなら支給しない旨を明確にしておくほうが安全です。
Q中退共に入ったあと、業績が悪化したら掛金を下げられますか。
自由には下げられません。掛金月額の減額ができるのは、その従業員が減額に同意した場合、または現在の掛金月額を継続することが著しく困難であると厚生労働大臣が認めた場合に限られます。手続きは減額したい月の前月15日までに「掛金月額変更申込書」を提出し、同意を得た旨が確認できる書類または大臣の認定書を添付します。増額は事前提出だけでいつでもできるのに減額は要件が付く、という非対称性を前提に、最初の掛金額を無理のない水準に設定してください。
Q従業員が入社1年で辞めた場合、中退共の掛金はどうなりますか。
掛金の納付が1年未満の場合、退職金は支給されません。会社に返ってくることもないため、実質的に掛け捨てになります。1年以上2年未満は掛金相当額を下回る額、2年から3年6か月では掛金相当額と同水準、3年7か月からは掛金相当額を上回ります。離職が多い職場では、加入時期を試用期間経過後にする、当初は低い掛金から始めて増額助成を使いながら上げていく、といった設計が現実的です。
Q中退共と企業型DCは併用できますか。
制度上は併用の設計が可能です。実務では、基礎部分を中退共、上乗せを企業型DCや自社のポイント制にする二階建てがよく採られます。ただし企業型DCを実施するとiDeCo+は実施できません(iDeCo+は企業型DC・確定給付企業年金・厚生年金基金のいずれも実施していないことが要件)。また企業型DCの拠出限度額は2026年12月1日から月額6.2万円に引き上げられるため、導入時期によって設計できる水準が変わります。規約や限度額の具体的な適用は運営管理機関に確認してください。
Q懲戒解雇した従業員に、退職金を一切払わないことはできますか。
自社規程による退職金については、不支給・減額の要件を規程に定めていることが前提で、そのうえで事案の重大性に照らして相当かどうかが問題になります。規程に定めがなければ、そもそも減額の根拠がありません。中退共からの給付については、厚生労働大臣の認定を受けて減額できますが、退職日の翌日から20日以内の申請が必要で、全額を減額することはできません。減額分は長期加入者の支払財源に繰り入れられ、事業主には戻らない点も押さえておいてください。
Q退職金1,000万円を勤続30年で受け取ると、税金はいくらになりますか。
勤続30年の退職所得控除額は「800万円+70万円×(30年−20年)」=1,500万円です。退職金1,000万円は控除額の範囲内なので、退職所得の金額は0円となり、所得税・復興特別所得税はかかりません。住民税も同様に課税対象がなくなります。ただし「退職所得の受給に関する申告書」を提出していないと、支給額に20.42%を乗じた額が源泉徴収されます(確定申告で精算は可能です)。同じ年に複数の退職金を受け取る場合や、過去に退職金を受け取っている場合は計算が変わるため、支払前に顧問税理士へ確認してください。
Q自社で積み立てておけば、退職金の準備として十分ではないですか。
資金の自由度という点では柔軟ですが、2つの弱点があります。1つは税務で、退職給与引当金制度は廃止されているため、社内に積み立てても支給が確定するまで損金になりません。もう1つは倒産隔離で、社内留保は他の債権と競合するため、会社が傾いたときに退職金の原資として残る保証がありません。外部積立(中退共・企業型DC)と自社積立を組み合わせ、「必ず払う基礎部分は外部、業績に応じた上乗せは自社」と役割を分けるのが、資金繰りへの負荷を抑える組み方になります。
出典・調査の対象範囲
- 厚生労働省「令和5年就労条件総合調査 結果の概況」(令和5年10月) — 退職給付制度の保有率。原文を読む
- 東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情(令和6年版)」 — 都内中小企業(従業員10〜299人)が対象。全国の中小企業を代表するものではありません。原文を読む
- 勤労者退職金共済機構 中退共 — 掛金・加入要件・解約・懲戒解雇時の取扱い。掛金/加入できる企業/解約/懲戒解雇時の減額/よくわかる中退共制度
- 厚生労働省 確定拠出年金・iDeCo+ — 拠出限度額/2025年の制度改正/iDeCo+のご案内
- 国税庁 — No.1420 退職所得/No.2732 退職手当等に対する源泉徴収/No.5363 養老保険の保険料の取扱い/法人税関係法令の改正のあらまし(平成14年8月)
- e-Gov法令検索 — 労働基準法、労働契約法
※判断表・自己診断は編集部の整理です。掛金の水準・税務・規程の文言は、税理士・社会保険労務士の確認のうえで決めてください。



