MANAGEMENT / M&A・譲渡実務
M&Aの基本プロセス 仲介とFAの違い・手数料・譲渡価格の決まり方
公開 2026.09.10
第三者へ譲渡すると決めた後の実務を、中小M&Aガイドライン(第3版)で整理しました。仲介とFAの違いと利益相反、レーマン方式と最低手数料、専任・テール条項、譲渡価格の算定、経営者保証の処理まで、経営者が決める順番で解説します。

- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン」は2024年8月30日に第3版へ改訂され、仲介者・FAに手数料の詳細説明、利益相反行為の禁止、テール条項の限定などを求めています。法令ではありませんが、M&A支援機関登録制度の登録機関は遵守を宣言しています
- 成功報酬の基準となる価額は「譲渡額」「移動総資産額」「純資産額」で異なり、最低手数料も併用されます。ガイドラインの計算例では、譲渡額5,000万円の株式譲渡で最低手数料1,000万円(税抜)が適用され、手数料総額1,100万円(税込)・譲渡額から手数料を引いた額が3,900万円となる事例が示されています。ここからさらに、株式譲渡なら株主個人に譲渡益への分離課税20.315%がかかります
- 経営者保証は、クロージング後に金融機関へ相談すると解除できないリスクが残ります。金融庁の監督指針は、M&A成立前の事前相談の推奨と、最終契約におけるクロージング条件としての明確な設定を金融機関に求めています
第三者へ譲渡すると決めた後は、意思決定の話ではなく実務の話になります。誰に依頼し、どんな契約に署名し、いくらで、どの手法で渡すか。この4つを間違えると、価格が同じでも手元に残る金額と、譲渡後に残る債務が変わります。本稿では、中小企業庁のガイドラインと金融庁の監督指針、会社法・厚生労働省告示を一次情報として、ノンネームシートからクロージングまでの工程と、各段階で経営者が判断を迫られる論点を整理します。承継先を親族・従業員・第三者から選ぶ段階の話は事業承継の5つのステップにまとめています。
最初に結論:相手を探す前に決める3つのこと
まず見るべき判断表|譲渡の実務で経営者が決める3項目
| 決めること | 確認する中身 | 判断の目安 |
|---|---|---|
| 仲介かFAか | 業務形態、相手方の手数料の算定基準、仲介契約書の5つの禁止行為 | 円滑さ重視なら仲介、譲渡額の最大化や株主への説明責任を重視するならFA |
| 手数料の絶対額 | 基準となる価額(譲渡額・移動総資産額・純資産額)と最低手数料 | 率ではなく、想定譲渡額を当てはめた「手数料控除後の受取額」で複数社を比べる |
| 経営者保証の処理 | 金融機関の解除・移行の意向表明、最終契約の条項 | 意向表明の取得をクロージング条件に置き、取れなければ解除・補償できる条項を入れる |
| 契約条項 | 専任・直接交渉の制限・テール・責任 | 専任は最長6か月〜1年、テールは最長2〜3年でネームクリア済みの先に限定 |
手元に残る額は、譲渡価格より先に「誰に頼み、どの条項に署名したか」で決まります。相手探しの前に、依頼先・手数料・保証の3点を条文と数字で固めましょう。
01 / ADVISOR
仲介かFAか
構造的な利益相反の有無と、DD・バリュエーションの扱いを確認する。
02 / FEE
手数料の絶対額
最低手数料を含めて、受取額で比べる。
03 / CLAUSE
4つの条項
専任・直接交渉の制限・テール・責任の期間と対象を条文で読む。
04 / GUARANTEE
経営者保証
解除・移行をクロージング条件にする。
中小M&Aの全体像 工程と、譲渡側の実像
まず、公的なフレームを確認します。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」は2020年3月に初版、2023年9月に第2版、そして2024年8月30日に第3版が公表されました。2026年9月時点の最新版は第3版です。改訂の柱は、①仲介者・FAの手数料と提供業務の説明、②広告・営業の禁止事項、③利益相反の禁止事項の具体化、④ネームクリア・テール条項の規律、⑤最終契約後のリスク事項、⑥譲り渡し側の経営者保証の扱い、⑦不適切な事業者の排除、の7点です(出典:経済産業省「『中小M&Aガイドライン』を改訂しました」、2024年8月30日)。
ガイドラインは法令ではありません。しかし、M&A支援機関登録制度に登録する支援機関はガイドラインの遵守を宣言することが求められ、事業承継・M&A補助金(専門家活用枠)では、FA・仲介の費用を補助対象にするには登録支援機関の活用が要件とされています。事実上の共通ルールとして機能していると考えてください(出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン」、2026年9月閲覧)。
工程は次の順で進みます。
| 工程 | 何が起きるか | 経営者がここで決めること | この段階の関門 |
|---|---|---|---|
| 事前準備 | 支援機関への相談、後継者不在の確認、株式・事業用資産の整理 | 引退後のビジョンと希望条件の優先順位 | 株式の分散、名義株、会社と個人の資産の混在 |
| 仲介者・FAの選定 | 業務形態・業務範囲・手数料体系・実績の比較 | 仲介かFAか、どこまで依頼するか | 1社しか比べずに専任条項付きで署名する |
| バリュエーション | 簿価純資産法・時価純資産法・類似会社比較法で株式価値を算定 | 算定手法と前提条件の説明を受けたか | 数字の根拠を聞かないまま相場観を持つ |
| マッチング | ノンネーム・シートで打診→ネームクリア→企業概要書の開示 | 打診してよい先・避けたい先の指定 | 同意なく社名が出る/情報が業界に回る |
| 交渉・トップ面談 | 相手の経営理念・企業文化の確認 | 絶対に譲歩できない条件の確定 | 不用意な発言で信頼を失う |
| 基本合意 | スキーム、暫定の譲渡対価、役員・従業員の処遇、スケジュール | 何を合意し、何を留保するか | 資金繰りが逼迫し基本合意を飛ばす判断 |
| デュー・ディリジェンス(DD) | 譲り受け側が財務・法務・ビジネス・税務を調査 | 開示資料の準備と、社内非開示のまま進める段取り | DDが省略され、表明保証の負担が重くなる |
| 最終契約 | 譲渡対価、経営者保証の扱い、表明保証、補償、競業避止を確定 | 保証解除をクロージング条件に置くか | 無期限・無制限の表明保証に署名する |
| クロージング | 株式等の譲渡と対価の決済、代表者の変更登記 | 入金の確認 | 保証解除・担保解除の段取り漏れ |
| クロージング後 | 引継ぎ、名義変更、PMI | 引継ぎ期間と役割 | 保証が移行せず、前経営者に債務が残る |
(出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」、令和6年8月、第1章Ⅱ「中小M&Aの進め方」)
所要期間について、ガイドラインは、通常、希望する譲り受け側とのマッチングには数か月〜1年程度の時間を要することが見込まれる、としています。またクロージング後の引継ぎ等の作業には3か月〜1年程度を要することが多い、とも書かれています。ガイドラインが示す手数料の計算例では、仲介者・FAの業務遂行期間は4か月・6か月・10か月・1年と幅があります。「半年で終わる」と決め打ちしないでください。
もうひとつ、規模の実像を押さえておく価値があります。全国の事業承継・引継ぎ支援センターが令和6年度に成約させた譲渡企業を売上高別に見ると、1億円以下が6割超、5億円以下が9割超を占め、従業員数では10名以下が全体の7割です。第三者承継の成約件数は2,132件で過去最多でした(出典:独立行政法人中小企業基盤整備機構「令和6年度に認定支援機関等が実施した事業承継・引継ぎ支援事業に関する事業評価報告書」、令和7年9月30日)。M&Aは大型案件だけの話ではありません。同時に、案件が小さいほど後述する最低手数料の影響が大きくなる、という構造もここから読み取れます。
PUBLIC DATA
事業承継・引継ぎ支援センターが成約させた譲渡企業の実像(令和6年度)
2,132件
第三者承継の成約件数(過去最多)
6割超
売上高1億円以下の譲渡企業
7割
従業員10名以下の譲渡企業
仲介とFAはどう違うのか 構造に埋め込まれた利益相反
最初の分岐がここです。中小M&Aの実務では仲介の形態が多く用いられていますが、両者は依頼関係そのものが違います。
| 仲介者 | FA(フィナンシャル・アドバイザー) | |
|---|---|---|
| 契約の相手方 | 譲り渡し側・譲り受け側の双方と契約 | 譲り渡し側・譲り受け側の一方とのみ契約 |
| 手数料 | 双方から受領するのが通常 | 契約した一方から受領 |
| 立ち位置 | 双方の意向を一元的に把握し、成立に向けて助言・調整 | 依頼者に有利な条件での成立を目指す |
| バリュエーション | 確定的な評価は行わない。結論を決定しない | 依頼者のために実施できる |
| デュー・ディリジェンス | 自ら実施すべきでない(資料整理や日程調整の支援に限る) | 実施または実施支援ができる |
| 向く場面 | 双方の対話を通じて円滑に進めることを重視する場合 | 譲渡額の最大化を重視する場合、株主・債権者に最善を説明する必要がある場合 |
(出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」第1章Ⅱ3(2)-1②「仲介者・FAの比較」、第2章Ⅱ5)
ガイドラインは、仲介者に構造的な利益相反のリスクがあることを明記しています。譲渡対価は譲り渡し側にとって高いほどよく、譲り受け側にとっては安いほどよい。その両方から依頼を受ける以上、一方(特にリピーターになりうる譲り受け側)の利益を優先して取引をまとめる動機が生じうる、という指摘です。ただしガイドラインは、仲介という業態自体を不適切と断じることは現実的ではないとしたうえで、リスクを最小化するための措置を義務づけています。
具体的に、仲介者が行ってはならないとされ、かつ仲介契約書に義務として定めなければならない行為は次の5つです。
- 譲り受け側から追加で手数料を取得し、当該譲り受け側に便宜を図る行為(ニーズに反したマッチングの優先的実施、不当に低額な譲渡価額への誘導等)
- リピーターとなる依頼者を優遇し、便宜を図る行為
- 希望した譲渡額より高い(低い)額で成立した場合に、正規の手数料とは別に差分の一定割合を報酬として要求する行為
- 一方当事者から伝達を求められた事項を他方に伝達しない、または告げていない事項を偽って伝達する行為
- 一方当事者にのみ有利または不利な情報を認識したのに、当該当事者に伝達せず秘匿する行為
この5つを知っていること自体が、交渉の道具になります。仲介契約書にこれらを禁止する条項が入っていなければ、その時点でガイドラインの求める水準を満たしていません。
もう一点、実務上の帰結として大きいのは「仲介者はDDを自ら実施すべきでない」という規律です。M&A支援機関登録制度の情報提供受付窓口が案内している相談事例にも、「仲介者のM&A支援機関が自らDDを実施していたこと等でDDが不十分であった」という類型が挙げられています(出典:中小企業庁・M&A支援機関登録制度事務局「不適切な営業行為に係るトラブルの発生を踏まえた対応について」、令和8年9月1日)。
❌ 「双方の間に立ってくれるほうが揉めなくていい」と考え、仲介かFAかを確認せずに契約する ⭕ 業務形態が仲介かFAかを最初に確認し、仲介なら相手方が支払う手数料の算定基準まで説明を求める
なお、相手方の手数料を確認すべき理由は道義ではなく算数です。ガイドラインは、譲り受け側の予算が「譲渡額」と「譲り受け側が支払う手数料」に分かれる構造にあること、そして譲り渡し側の受取額は「譲渡額−自分が支払う手数料」であることを図で示しています。相手方の手数料が膨らめば、その分は譲渡額の原資から消えます。
手数料は「率」ではなく手元に残る額で比べる
ここが本稿でもっとも金額に直結する論点です。仲介者・FAの手数料には一般的な法規制がなく、体系は各社が自由に決めています。ガイドラインは4種類を挙げています。
- 着手金:主に契約締結時に発生。請求する業者としない業者に分かれる
- 月額報酬(リテーナーフィー):月ごとに定額で発生。契約期間の確認が必要
- 中間金(マイルストーンフィー):基本合意締結時など、案件完了前の一定時点で発生
- 成功報酬:主にクロージング時に発生。成功報酬のみとする「完全成功報酬型」も相当数ある
問題は成功報酬の計算方法です。成功報酬は「基準となる価額」に一定の率を掛けて算定しますが、この基準が3通りあります。
| 基準となる価額 | 中身 | 経営者にとっての意味 |
|---|---|---|
| 譲渡額(譲受額) | 譲り渡した金額そのもの | 理解しやすい。譲渡額が上がれば手数料も上がる |
| 移動総資産額 | 主に譲渡額に負債額を加えた額 | 同じ譲渡額でも、借入金が多いほど手数料が高くなる |
| 純資産額 | 資産と負債の差額。簿価純資産を使うことが多い | 債務超過だとゼロ以下になるため、通常は別の基準が使われる |
そのうえで、階層ごとに率を変えるレーマン方式が広く用いられます。ガイドラインが例示する料率表は、5億円以下の部分が5%、5億円超10億円以下が4%、10億円超50億円以下が3%、50億円超100億円以下が2%、100億円超が1%です。ただしこれは一例であり、階層も率も各社で異なります。
さらに効くのが最低手数料です。ガイドラインは、譲り渡し側が小規模だとレーマン方式では十分な成功報酬を確保できないため、最低手数料を設けている仲介者・FAは多い、と明記しています。以下は、ガイドラインが挙げている計算例のうち2つです(消費税10%込み)。
| 事例1 | 事例4 | |
|---|---|---|
| 譲渡額 | 1億円(株式譲渡) | 5,000万円(株式譲渡) |
| 手数料体系 | 着手金100万円(税抜)+レーマン方式(基準:譲渡額、最低手数料500万円・税抜) | 完全成功報酬・レーマン方式(基準:譲渡額、最低手数料1,000万円・税抜) |
| 成功報酬の計算 | 1億円×5%×110%=550万円 | 5,000万円×5%×110%=275万円<最低手数料1,100万円 |
| 手数料総額 | 660万円 | 1,100万円 |
| 譲渡額から手数料を引いた額 | 9,340万円 | 3,900万円 |
(出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」第1章Ⅴ「仲介者・FAの手数料についての考え方の整理」)
事例1|譲渡額1億円・最低手数料500万円(税抜)
9,340万円
手数料総額660万円を引いた額
事例4|譲渡額5,000万円・最低手数料1,000万円(税抜)
3,900万円
手数料総額1,100万円を引いた額。譲渡額の22%が手数料に
事例4では、譲渡額の22%が手数料に消えています。「成功報酬5%」という説明だけを聞いて契約すると、この計算にはたどり着けません。実際、M&A支援機関登録制度の情報提供受付窓口が公表している相談事例にも、「成功報酬は売却代金の5%と聞いていたが、最低報酬金額が適用され、想定よりも高い手数料を払うことになった」という類型が挙げられています(出典:M&A支援機関登録事務局「情報提供受付窓口」案内、2026年9月閲覧)。
ガイドラインは、同水準の報酬率でも最低手数料や報酬基準額が違えば支払額に差が出るとして、階層ごとの率ではなく「成立する譲渡額に応じて最終的に支払う報酬の絶対額」を確認することを求めています。比較の材料も公的に用意されています。M&A支援機関登録制度のデータベースでは、登録支援機関の報酬率・報酬基準額・最低手数料・報酬の発生タイミングを検索できます。加えて2026年4月20日には、レーマン方式の成功報酬を試算する「手数料の簡易計算」と「株式価値の簡易計算」のツールが同制度のサイトで公開されました。試算には直近期の決算書(営業利益・減価償却費・当期純利益・簿価純資産・有利子負債・現預金)が必要です(出典:中小企業庁「M&A支援機関登録制度」、2026年9月閲覧)。
❌ 「完全成功報酬だから、成約しなければ費用はかからない」と考えて1社だけで進める ⭕ 想定する譲渡額を当てはめて手数料の絶対額を出させ、複数社の「手数料控除後の受取額」で比べる
ガイドラインは、手数料が業務に見合っていないと感じた場合の対応として、手数料の交渉と、他の仲介者・FAへの依頼を明示的に挙げています。手数料は交渉してよいものだ、と公的文書が書いている点は知っておいてください。判断に迷うなら、事業承継・引継ぎ支援センターや士業等専門家へのセカンド・オピニオンが有効だとも書かれています。
契約前に読む4つの条項 専任・直接交渉制限・テール・責任
仲介契約・FA契約には、署名後に効き続ける条項が埋め込まれています。ガイドラインは条項ごとに「望ましい範囲」の目安を示しており、ここが交渉の基準になります。
| 条項 | 何を縛るか | ガイドラインが示す目安 |
|---|---|---|
| 専任条項 | 他の仲介者・FAへ並行して依頼することの禁止 | 契約期間は最長でも6か月〜1年以内が目安。対象範囲は可能な限り限定されるべき。妨げる合理的理由がなければセカンド・オピニオンは許容される |
| 直接交渉の制限 | 候補先と直接交渉・接触することの禁止 | 対象はその業者が関与・接触し、紹介した候補先のみ。目的はM&Aに関するものに限定。有効期間は契約が終了するまでに限定すべき |
| テール条項 | 契約終了後に成立したM&Aについて手数料を請求できる定め | テール期間は最長でも2年〜3年以内が目安。対象はネームクリアが行われ紹介された譲り受け側のみ。ロングリスト・ショートリストやノンネーム・シートの提示にとどまる先は対象外 |
| 責任(免責) | 業者の損害賠償責任の要件・範囲の修正 | 業者に適切に負担を求められる内容になっているかを確認 |
(出典:中小企業庁「(参考資料6)仲介契約・FA契約締結時のチェックリスト」、および同ガイドライン第2章Ⅱ7〜9)
テール条項について、第3版は踏み込んだ整理を加えました。専任条項が設けられていない場合、依頼者は複数の業者から同じ候補先の紹介を受けることがあります。このとき、成約に向けた支援先として選ばれなかった業者がテール条項を根拠に手数料を請求すべきではない、と明記されています。理由は明快で、テール期間が不当に長く、対象が無限定だと、譲り渡し側が手数料や紛争リスクを恐れてM&Aそのものを断念しかねないからです。
直接交渉の制限も同じ発想です。制限される候補先が無限定だと、経営者が自分で相手を見つけることが事実上できなくなります。ガイドラインは、依頼者が「自ら候補先を発見しないこと」「自ら発見した候補先と直接交渉しないこと」を明示的に了解している場合を除き、対象は紹介された候補先のみに限定すべきだとしています。
❌ 「テール条項は業界の慣行だから」と、期間も対象も確認せずに署名する ⭕ テール期間が2〜3年以内か、対象がネームクリア済みの先に限定されているかを条文で確認し、限定されていなければ修正を求める
秘密保持条項も見落とされがちです。士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センターへの情報共有が許容されているか(秘密保持義務が一部解除されているか)を確認してください。ここが閉じていると、後述する経営者保証の事前相談が契約違反になりかねません。契約書一般の読み方は契約書のチェックポイントに整理しています。
ノンネーム・シートからクロージングまで 各段階の関門
マッチングは、社名を伏せたノンネーム・シート(ティーザー)を数十社程度のロングリストに送るところから始まります。関心を示した先を数社程度のショートリストに絞り、秘密保持契約を締結したうえで、譲り渡し側の名称を含む企業概要書を開示します。この社名開示をネームクリアと呼びます。
第3版が新たに求めたのは、ネームクリアの前に譲り渡し側の同意を取得することです。しかも「原則として開示先となる候補先ごとに個別に同意を取得することが必要」とされています。早期のマッチングを優先して一定の基準のもとで業者に選定を任せることも認められますが、その場合でも業者は、①個別同意が通常であることと一任のリスクを明示的に説明すること、②希望する業種・所在地や排除する個社(取引先、同業他社等)といった可能な限り具体的な基準を設定すること、③指示があれば速やかにネームクリアを中止すると確約すること、が義務づけられています。打診してほしくない先は、最初に名指しで伝えてください。
トップ面談は、譲り受け側の経営理念・企業文化や経営者の人間性を直接確認する場です。ガイドラインは、自分の態度や表情も相手に直接伝わり、不用意な言動が信頼を損なうおそれがあると注意しています。交渉に入る前に、絶対に譲歩できない条件を1つか2つに絞って固めておくことが実務上効きます。
基本合意では、スキーム(株式譲渡か事業譲渡か)、DD前時点の譲渡対価の予定額、経営者その他の役員・従業員の処遇、最終契約までのスケジュールなどを取り決めます。なお資金繰りの都合でクロージングを急ぐ場合、基本合意を締結せず秘密保持契約だけで最終契約に直行するケースもあると書かれています。ただしこれは、条件が固まらないまま最終局面に入ることを意味します。資金繰りが理由でスケジュールを縮めざるを得ない状況なら、譲渡より先に判断すべきことがあるかもしれません。線引きは事業再生の判断タイミングを参照してください。
DDは、主に譲り受け側が財務・法務・ビジネス・税務の実態を調査する工程です。中小M&Aでは、本格的なDDを行わず、数年分の税務申告書の確認と経営者へのヒアリングだけで終えることもあります。ここで譲り渡し側が誤解しやすいのは、「調査されないほうが得だ」という発想です。ガイドラインは逆を書いています。調査が十分になされない場合、最終契約で譲り渡し側が負う表明保証の範囲や補償額・補償期間の負担が増えうるからです。DDで何が調べられ、結果が譲渡額や表明保証にどう反映されるか、売り手が何を準備すればよいかはデューデリジェンス(DD)とはで詳しく解説しています。
最終契約で取り決める主要事項は、譲渡対象・譲渡時期・譲渡対価・支払時期と方法・経営者と役職員の処遇・経営者保証の扱い・表明保証・補償・クロージングの前提条件・競業避止義務・解除事由です。第3版は、このうち最終契約後やクロージング後にトラブルへ発展しやすい論点を7つ挙げています。
- 譲り渡し側の経営者保証の扱い(次章で詳述)
- DDの非実施:経営者からのヒアリングだけではリスクを評価しきれない
- 表明保証の内容:期間や責任上限が設定されていない、適用場面が不明確な条項は、過大な責任につながる。定型的に無期限・無制限の条項を置くことは慎重に検討すべき
- クロージング後の支払・手続:譲渡対価の分割払い、役員退職慰労金のクロージング後払い、株式の段階的取得は、いずれも不履行リスクがある
- 最終契約後の支払の変動:アーンアウト条項(クロージング後3年以内が多い)、株価調整条項、支払金の返還条項は、条件が曖昧だと争いになる
- 経営者個人の資産・負債の整理:会社の事業に使っている個人名義の土地、会社の資産になっている自家用車などは、可能な限り最終契約前に整理する
- 最終契約からクロージングまでの期間:特段の事情なく2か月以上のインターバルを設けると、業績変化により契約の修正や不履行が生じるリスクがある
このうち3番と6番は、経営者が自分で読んで気づける論点です。「本契約締結日以前に生じた一切の事由について、期間の定めなく補償する」といった条文があれば、期間と上限を入れる交渉に価値があります。
譲渡価格はどう決まり、なぜ動くのか
譲渡価格は算定式で決まるものではありません。ガイドラインは「算出された金額が、必ずそのまま譲渡額となるわけではなく、交渉等の結果、当事者同士が最終的に合意した金額が譲渡額となる」と明記しています。そのうえで、中小M&Aでよく使われる3つの手法を示しています。
| 手法 | 考え方 | 特徴と限界 |
|---|---|---|
| 簿価純資産法 | 貸借対照表の純資産をそのまま株式価値とする | 分かりやすく、コストがかからない。簿価と時価の乖離や簿外資産・負債があると実態を表さない |
| 時価純資産法(修正簿価純資産法) | 資産・負債を時価評価し、簿外資産・負債(保険の解約返戻金、退職給付債務等)も評価して純資産を出す | 実態把握に有効。全部を時価評価せず、不動産や有価証券など一部のみ評価する修正簿価純資産法が多い |
| 類似会社比較法(EV/EBITDA倍率法) | 類似する上場会社の評価倍率から算定。株式価値=EBITDA×EV/EBITDA倍率−純有利子負債 | 客観性は比較的高い。中小企業は流動性が低いため30%程度のディスカウントをするケースもある。類似会社の選定が適切かは要注意 |
(出典:中小企業庁「(参考資料2)中小M&Aの譲渡額の算定方法」)
いわゆる「年買法」については、公的資料の書きぶりを正確に押さえておく価値があります。参考資料2は、時価純資産法(または簿価純資産法)で算定した純資産に数年分の任意の利益を加算した金額を譲渡額とする場合がある、としたうえで、加算対象とする利益の種類(税引後利益または経常利益等)および年数は事例ごとに異なり、年数は通常1年〜3年、交渉で決まるケースが多い、と書いています。「営業利益の3〜5年分」といった数字を目にすることがありますが、公的資料が示すレンジは1年〜3年です。
価格を動かす要因については、ガイドラインは断定的な倍率表を示していません。代わりに、譲り受け側が評価する要素を列挙しています。収支・財務の状況、事業規模、保有不動産に加えて、高い技術力、優良な取引先との人脈・商流、優秀な従業員、地域内・業界内の知名度・ブランド・信用、業歴、業界内シェア、店舗網、知的財産権やノウハウ、事業分野の将来性、許認可などです。赤字や債務超過でも成立した事例が公的資料に収録されています。簿価上は債務超過でも、時価評価し直すと資産超過であることが判明するケースもある、とも書かれています。
一方、価格の前提を崩す要因はDDで表に出ます。中小M&A市場改革プランは、M&Aの確度を検討するために必要な分析として、損益計算書側では一時的な損益を控除した正常収益力の把握と、M&Aにより不要となるオーナーコスト(役員報酬等)の検証を、貸借対照表側では資産の時価評価と現金相当物・負債相当物の精査を挙げています(出典:中小企業庁「中小M&A市場改革プラン」、2025年8月)。役員保険、社長個人の経費、役員貸付金、未払残業代、社会保険の未加入といった項目は、この過程で必ず洗い出されます。譲渡を数年先に想定しているなら、いま整理しておくほうが交渉は楽になります。商品別・部門別の収益を月次で把握する手順は部門別損益の作り方に、資本効率の観点から企業価値を測る指標についてはROICの考え方と活用を参照してください。
なお、中小M&Aには上場株式のような取引相場が存在しません。この点について改革プランは、M&A支援機関登録制度で収集した取引データをもとに、業種や財務状況に応じた譲渡対価の相場を把握するツールを公表すべきだとしています。実際、同制度のサイトでは登録支援機関から報告されたM&A案件の集計結果(譲渡価額、支援機関への報酬など)が公開されています。報告件数は2022年度4,036件、2023年度4,681件、2024年度4,940件(いずれも譲渡側)です。ただし任意報告のデータを含み、サンプル数に制約があるため、あくまで参考値として扱うよう注意書きが付されています(出典:中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」、2026年9月閲覧)。
株式譲渡と事業譲渡 経営者にとっての帰結が変わる
中小M&Aの実務では、株式譲渡か事業譲渡が選ばれることが大半です。この選択は、手続の煩雑さの違いにとどまりません。
| 株式譲渡 | 事業譲渡 | |
|---|---|---|
| 何が動くか | 株主が変わるだけ。会社組織はそのまま | 資産・負債・契約・許認可を個別に移転 |
| 簿外債務・偶発債務 | 未払残業代や将来の損害賠償債務もそのまま引き継がれる | 譲り渡し側の法人格から切り離せるため遮断しやすい |
| 契約・許認可 | 原則存続。ただしチェンジ・オブ・コントロール条項があれば事前協議が必要 | 債権者・従業員の同意を個別に取り付ける。許認可は承継されないことが多く、新規取得が必要 |
| 従業員 | 雇用関係はそのまま | 労働契約の承継には労働者本人の個別の承諾が必要(民法625条1項) |
| 会社法上の手続 | 譲渡制限株式なら会社の承認が必要 | 事業の全部、または重要な一部(譲り渡す資産の帳簿価額が総資産額の5分の1超)の譲渡は株主総会の特別決議(会社法467条・309条2項11号) |
| 譲渡後の縛り | 株式を手放せば会社との関係は切れる | 譲渡会社は同一市町村と隣接市町村では20年間、同一の事業を行えない(会社法21条1項)。特約があれば最長30年 |
| 代金の入り先 | 株主(経営者個人) | 会社。個人へ移すには配当・役員報酬・役員退職慰労金が別途必要 |
| 税金 | 譲渡益に対する分離課税20.315%で課税関係が終了 | 法人に法人税等。個人への還流は総合課税(15.105〜55.945%)。減価償却資産等は消費税の課税売上。買い手側に不動産取得税・登録免許税 |
| その他 | DDがより詳細に行われる傾向 | 譲受会社が商号を続用すると、譲受会社も譲渡会社の債務を弁済する責任を負う(会社法22条1項)。資産調整勘定(のれん)は損金算入できる |
(出典:中小企業庁「(参考資料1)中小M&Aの主な手法と特徴」、e-Gov法令検索会社法第21条・第22条・第136条・第309条・第467条、2026年9月時点)
経営者にとって効いてくるのは、下の4行です。
まず代金の入り先が違います。株式譲渡の代金は株主である経営者個人に入り、譲渡益への分離課税20.315%で課税関係が終わります。一方、事業譲渡の代金は会社に入ります。経営者個人の手元には、そのままでは1円も届きません。個人へ移すには配当や役員報酬(総合課税15.105〜55.945%)、あるいは役員退職慰労金という別の段取りが要り、税率も上がりえます。加えて譲渡後も法人が残るため、清算の手続が別途必要です。引退を目的とする経営者にとって、事業譲渡はむしろ株式譲渡より手間も税負担も重くなりうる、というのがガイドラインの整理です。減価償却資産等が消費税の課税売上に該当する点も、課税事業者なら見落とせません(出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」117〜118ページ、令和6年8月)。税金と手取りを、役員退職金の組み合わせや2027年分からのミニマム課税の見直しまで含めて試算した解説はM&Aの税金と手取りの比較にまとめています。
次に競業避止です。会社法21条1項が20年間の競業を禁じる相手は事業を譲渡した会社(譲渡会社)であって、経営者個人や別に設立した新会社が直接に縛られるわけではありません。ただし同条3項の不正競争目的の場合や、最終契約で個人に競業避止義務を負わせる場合は別です。「一部事業を売って本業に集中する」「いったん売って別の形で再挑戦する」というシナリオでは、法人が縛られること自体が壁になります。逆に譲り受け側からすると、この競業避止は当然の前提です。契約で範囲や期間を調整するなら、最終契約の交渉時に持ち出す必要があります。
従業員の扱いも決定的に違います。事業譲渡における権利義務の承継は特定承継であるため、労働契約を譲受会社へ承継させるには労働者本人の個別の承諾が必要です。厚生労働省の告示は、真意による承諾を得られるよう、事業譲渡の全体状況(債務の履行の見込みを含む)、譲受会社の概要と労働条件(従事する業務の内容、就業場所、就業形態等)を十分に説明し、承諾に向けた協議を行うことが適当だとしています。承諾しなかったことのみを理由とする解雇や、事業を譲渡することのみを理由とする解雇は、労働契約法16条により権利濫用として無効となりうる点にも留意が必要です。この指針は令和8年厚生労働省告示第11号により改正され、2026年5月25日から適用されています(出典:厚生労働省「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針(改正後全文)」)。
つまり事業譲渡では、クロージング前に従業員一人ひとりへ説明し、承諾を得る工程が必然的に発生します。「クロージング後に公表する」という段取りは、株式譲渡では成り立ちますが、事業譲渡では成り立ちません。スキームの選択は、開示計画そのものを規定します。
経営者保証はクロージング前に片づける
第3版がもっとも紙幅を割いた論点であり、実際に被害が出ている論点でもあります。中小M&A市場改革プランは、2024年以降、不適切な譲り受け側が経営困難な中小企業とM&Aを実施した後、譲り渡し側から資金を吸い取る一方、経営者保証が解除されず、負債を残したまま連絡を絶つ手口を繰り返す事案が指摘されている、と記載しています。中小企業庁は、こうしたM&Aを支援した登録M&A支援機関1社の登録を取り消し、2024年10月に15社、2025年1月に6社へ注意を発出しています。
構造上のリスクはこうです。経営者保証の正式な解除・移行は、クロージングを経て登記簿上の代表者が変更された後でなければ行えません。一方、秘密保持を徹底する観点から、金融機関への相談がクロージング後になるケースもあります。すると、事後的に金融機関が審査することになり、譲り受け側の信用力が著しく低い場合には解除・移行ができない、あるいはそもそも譲り受け側に解除の意思が希薄で相談が滞る、という事態が起こります。
これに対して、ガイドラインは3つの対応を挙げています。
- 士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センターへの相談。特に弁護士は、保証の提供先である金融機関との調整まで相談できる
- 金融機関等への事前相談。クロージング前または最終契約前に、秘密保持を徹底したうえで譲り受け側とともに相談する。ガイドラインは、譲り受け側は譲り渡し側からこの申し出があった場合に拒むべきではなく、秘密保持条項の対象から相談先を除外すべきだとしています
- 最終契約における位置づけの検討。譲り受け側の義務として保証の解除・移行を定めたうえで、クロージング条件として設定し、解除・移行がなされなかった場合の契約解除条項や補償条項を盛り込む
クロージング条件の具体化まで書かれている点が第3版の特徴です。(a)譲り受け側が、最終契約締結後・クロージング前に、金融機関から解除または移行を実行できるかについて組織的な意向表明を取得すること、(b)その結果、手続を進められる場合には、必要書面の提出と代表者変更登記の必要書類の作成を行うこと。万全を期すなら、クロージング日に代表者の変更登記と保証の解除・移行を同時に実施する。別の手段として、クロージング時に保証対象の債務を譲り受け側の資力で返済し、譲り受け側が借り換える方法も示されています。
金融機関側にも要請が出ています。金融庁の「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」は、借り手企業のM&A・事業承継時について、前経営者の保証債務を後継者に当然に引き継がせるのではなく必要性を改めて検討すること、M&A・事業承継の成立前における経営者保証の取扱いに係る事前相談の推奨と、事前相談があった場合の丁寧な対応の態勢整備を求めています。さらに、後々のトラブルを防止するため、最終契約におけるクロージング条件としての明確な設定や、解除・移行がなされなかった場合を想定した条項の設定に向けた調整・支援を行う態勢が整備されているかを検証する、と明記しています(出典:金融庁「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」、令和8年8月、Ⅱ-3-2-1-2(5)「取引関係の見直し等の場合の対応」)。
2026年5月1日には、金融庁が「M&A・事業承継時における経営者保証情報ネットワーク」を開設しました。経営者・後継者と金融機関・信用保証協会の間で保証契約の必要性に関する認識の一致を図る枠組みで、相談シートをメールで送る方式です。金融機関には全国の銀行・信用金庫・信用組合のほか、日本政策金融公庫と商工組合中央金庫が含まれます(出典:金融庁「『M&A・事業承継時における経営者保証情報ネットワーク』の開設について」、令和8年5月1日)。ただしこれは対話と情報共有の仕組みであり、解除を保証するものではありません。最終的な判断は金融機関にあります。
❌ 「保証は買い手が外してくれる約束だから」と口頭の合意でクロージングまで進める ⭕ 金融機関から解除・移行の意向表明を取得することをクロージング条件として最終契約に明記し、取れなかった場合の解除・補償条項も置く
日頃から金融機関と何をどう共有しておくべきかは、金融機関との交渉術に整理しています。M&Aの局面だけ急に相談しても、判断材料が揃っていなければ審査は進みません。
従業員・取引先への開示と、業者を選び直す方法
情報開示のタイミングについて、ガイドラインの原則は明快です。最終契約締結前に、極秘で親族や幹部役員などごく一部の関係者にのみ知らせることはあるものの、それ以外の関係者には原則として可能な限りクロージング後(早くとも最終契約締結後)に知らせるべきとされています。理由は、情報が伝わった後にM&Aが頓挫すると、取引先の喪失や従業員の退職など、従前の事業活動の継続に支障を来す事態が生じうるからです。実際、公的資料には「社外へ情報が漏れたことに伴い、中小M&Aが不成立になった事例」が収録されています。
複数の支援機関に同時にマッチングを依頼することにも、同じリスクがあります。ガイドラインは、複数機関が同じ譲り渡し側の情報を同じ譲り受け側に紹介した結果、情報が出回っているように感じられて譲り受け側の心証が害されることがある、と指摘しています。一方で、単独依頼は紹介を受けられる候補先の数が当該機関の力量に左右される、という留意点も併記されています。どちらが正しいという話ではなく、専任条項に署名する前に、この二択を意識的に選んでいるかどうかが問題です。
前章のとおり、事業譲渡を選んだ場合は例外です。労働契約の承継には個別の承諾が必要なため、クロージング前に説明と協議の工程が入ります。スキームを決めた時点で、誰にいつ何を伝えるかの計画を買い手と合意しておいてください。
業者の選定と乗り換えについては、公的な手がかりが揃っています。
- M&A支援機関登録制度のデータベース:登録支援機関の種類(専門業者、金融機関等の別)、M&A支援業務の開始時期、専従者数、所在地、手数料の算定基準(報酬率、報酬基準額、最低手数料、報酬の発生タイミング)を検索できる
- セカンド・オピニオン:ガイドラインは、譲渡対価の決定や最終契約の内容といった重要事項については、同業他社ではなく、M&Aに詳しい士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センターへの相談(広義のセカンド・オピニオン)が望ましいとしている
- 情報提供受付窓口:M&A支援機関登録事務局が設置。匿名での情報提供も受け付けており、登録支援機関は「窓口に相談したことのみをもって秘密保持義務違反として不利益な取扱いを行わない」ことを登録時に誓約している
- 担当者の確認:組織の成約実績だけでなく、実際に担当する者の経験年数・成約実績・保有資格を確認することが第3版で求められている
(出典:中小企業庁「M&A支援機関の選定・契約時に確認すべき事項」、2026年9月閲覧)
最後に、支援機関が見つかりにくい地域があることも事実として押さえておいてください。中小M&A市場改革プランは、M&Aアドバイザーの約85%が三大都市圏に集中し、地方部には約15%しかいないと分析しています。弁護士77%、税理士69%、公認会計士88%という他の士業の集中度と比べても偏りが指摘されており、比較的小規模な案件や地方の案件では担い手が不足している、という認識が示されています。地方の中小企業ほど、無料で使える事業承継・引継ぎ支援センターを起点にする価値があります。
5問で確認する 譲渡実務の準備度
依頼先と契約に署名する前に、いまの準備状況を確かめる簡易チェックです。
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5問で確認|M&Aの譲渡実務の準備度
検討中または進行中の譲渡を思い浮かべて、いまの状態にいちばん近いものを選んでください。回答はこの端末の中だけで処理され、送信・保存されません。
※一般的な検討項目を整理するための編集部独自の目安です。成果や適法性を判定・保証するものではありません。
まとめ
第三者への譲渡は、相手を探す前に決めるべきことが3つあります。
第一に、仲介かFAか。仲介者には構造的な利益相反のリスクがあり、ガイドラインは5つの禁止行為を定め、仲介契約書に義務として書くことを求めています。仲介者はDDを自ら実施すべきでないとされている点も、業務範囲の理解に直結します。
第二に、手数料の絶対額。成功報酬の基準は譲渡額・移動総資産額・純資産額で異なり、最低手数料が併用されます。ガイドラインの計算例では、譲渡額5,000万円の案件で手数料が1,100万円(税込)、譲渡額から手数料を引いた額が3,900万円になる事例が示されています。ここからさらに税金が引かれるので、この額がそのまま手元に残るわけではありません。率ではなく、想定譲渡額を当てはめた手数料控除後の受取額で複数社を比べてください。手数料の交渉と他社への依頼は、公的文書が明示的に認めている選択肢です。
第三に、経営者保証の処理。クロージング後に金融機関へ相談する段取りは、解除できないリスクを残します。最終契約で譲り受け側の義務として位置づけ、金融機関の意向表明の取得をクロージング条件に設定し、取れなかった場合の解除・補償条項まで置く。監督指針も金融機関側にこの調整・支援の態勢整備を求めています。
契約条項では、専任(最長6か月〜1年が目安)、直接交渉の制限(対象は紹介された候補先のみ、有効期間は契約終了まで)、テール(最長2〜3年、対象はネームクリア済みの先のみ)の3つを条文で確認してください。スキームは、株式譲渡なら簿外債務を引き継ぎ、事業譲渡なら20年の競業避止と従業員の個別承諾が付いてきます。
NEXT ACTION / 次にやること
声をかけられている業者の登録状況と、手数料の算定基準を確認する
今週やることを1つだけ挙げるなら、M&A支援機関登録制度のデータベースで、いま声をかけられている業者が登録されているかと、その手数料の算定基準を確認することです。まだ誰にも声をかけていないなら、最寄りの事業承継・引継ぎ支援センターへの相談から始めてください。相談は無料で、直近3年分の税務申告書・決算書・勘定科目内訳明細書の写しがあれば足ります。
※本稿は2026年9月9日時点で公表されている法令および公的資料に基づく一般的な情報提供であり、個別案件についての法務・税務・財務上の助言ではありません。契約条項の解釈や個別の手続については、弁護士・公認会計士・税理士にご確認ください。
よくある質問
Q中小M&Aガイドラインの最新版は第何版ですか。
第3版です。2024年8月30日に中小企業庁が公表しました。2020年3月に初版(「中小M&Aガイドライン-第三者への円滑な事業引継ぎに向けて-」)、2023年9月に第2版が策定され、第3版はそれを改訂したものです。2026年9月時点で第4版は公表されていません。改訂の柱は、手数料と提供業務の説明、広告・営業の禁止事項、利益相反の禁止事項の具体化、ネームクリア・テール条項の規律、最終契約後のリスク事項、経営者保証の扱い、不適切な譲り受け側の排除の7点です。ガイドライン自体は法令ではありませんが、M&A支援機関登録制度の登録機関は遵守を宣言しており、事業承継・M&A補助金(専門家活用枠)では、FA・仲介の費用を補助対象にするには登録支援機関の活用が要件になっています。
Q仲介とFAは、どちらを選べばよいですか。
一般論としてどちらが優れているという話ではなく、何を重視するかで変わります。ガイドラインは、双方がコミュニケーションを取りながら円滑に手続を進めることを重視する場合は仲介、譲渡額をはじめ自社にとって最も有利な条件での成立を重視する場合や、株主・債権者に対して最善のM&Aをしたと合理的に説明する必要がある場合はFAが向く、と整理しています。ただし仲介者には構造的な利益相反のリスクがあり、バリュエーションやDDの結論を決定しないこと、DDを自ら実施しないことが求められています。専門的な支援の範囲に差が出る点は理解しておいてください。
Q「完全成功報酬」と言われましたが、それなら費用の心配は不要ですか。
いいえ。着手金・月額報酬・中間金がなくても、成功報酬に最低手数料が設定されていることが多くあります。ガイドラインの計算例では、完全成功報酬型で譲渡額5,000万円の株式譲渡が成立した場合に、レーマン方式による計算額275万円(税込)を最低手数料1,100万円(税込)が上回り、手数料総額が1,100万円になる事例が示されています。確認すべきは、報酬率だけでなく、報酬基準額(譲渡額か移動総資産額か純資産額か)、最低手数料の額、報酬の発生タイミング、そして想定譲渡額を当てはめたときの支払額の絶対額です。これらはM&A支援機関登録制度のデータベースで各社を比較できます。
Qテール条項に署名してしまいました。契約が終わっても手数料を払うのですか。
条項の内容次第です。ガイドラインは、テール期間は最長でも2年〜3年以内を目安とし、対象はその業者が関与・接触して譲り渡し側に紹介した譲り受け側のみに限定すべきだとしています。ロングリスト・ショートリストやノンネーム・シートの提示にとどまる先は対象とすべきでなく、少なくともネームクリア(企業概要書を送付し社名を開示すること)が行われた先に限定すべき、とも明記されています。また専任条項が設けられていない場合、支援先として選ばれなかった業者がテール条項を根拠に手数料を請求すべきではない、とされています。契約書の文言を確認し、これらから外れているようなら、士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センターに相談してください。
Q譲渡価格は「営業利益の何年分」で決まるのですか。
そう単純ではありません。中小企業庁の参考資料は、簿価純資産法・時価純資産法・類似会社比較法(マルチプル法)で算定した株式価値・事業価値をもとに交渉するケースが多いとしたうえで、時価純資産法などで算定した純資産に数年分の任意の利益を加算する場合もある、としています。加算する利益の種類(税引後利益か経常利益か等)と年数は事例ごとに異なり、年数は通常1年〜3年で、交渉によって決まるケースが多いと書かれています。またEV/EBITDA倍率法を使う場合、中小企業は上場会社に比べて株式の流動性が低いことから30%程度のディスカウントをするケースもあります。いずれにせよ、算出額がそのまま譲渡額になるわけではなく、最終的に合意した金額が譲渡額です。
Q従業員にはいつ伝えればよいですか。
株式譲渡の場合、ガイドラインの原則は、最終契約締結前に極秘で親族や幹部役員などごく一部にのみ知らせることはあるものの、それ以外の関係者には可能な限りクロージング後(早くとも最終契約締結後)に知らせるべき、というものです。情報が伝わった後にM&Aが頓挫すると、取引先の喪失や従業員の退職を招くためです。ただし事業譲渡の場合は事情が異なります。労働契約を譲受会社に承継させるには労働者本人の個別の承諾(民法625条1項)が必要で、厚生労働省の指針は、譲受会社の概要や労働条件を十分に説明して協議することが適当だとしています。スキームによって開示計画そのものが変わる点に注意してください。
QM&Aが成立した後に、経営者保証が外れないまま放置されることはありますか。
実際に起きています。中小企業庁の中小M&A市場改革プランは、2024年以降、不適切な譲り受け側が譲り渡し側から資金を吸い取る一方で経営者保証が解除されず、負債を残したまま連絡を絶つ事案が指摘されていると記載しており、支援した登録M&A支援機関1社の登録取消しと、複数社への注意発出が行われました。防ぎ方は、クロージング後に金融機関へ相談するのではなく、最終契約で譲り受け側の義務として保証の解除・移行を位置づけ、金融機関からの意向表明の取得をクロージング条件に設定し、解除・移行がなされなかった場合の契約解除・補償条項を置くことです。2026年5月1日に金融庁が開設した「M&A・事業承継時における経営者保証情報ネットワーク」に相談することもできますが、これは対話と情報共有の枠組みであり、解除を保証するものではありません。
出典・調査の対象範囲
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月) — 工程、仲介とFAの比較、手数料の計算例、契約条項の目安、最終契約後のリスク事項の根拠。法令ではありません。
- 経済産業省「『中小M&Aガイドライン』を改訂しました」(2024年8月30日) — 第3版の改訂の柱。
- 中小企業庁「(参考資料1)中小M&Aの主な手法と特徴」・「(参考資料2)中小M&Aの譲渡額の算定方法」・「(参考資料6)仲介契約・FA契約締結時のチェックリスト」
- 中小企業庁「中小M&A市場改革プラン」(2025年8月) — 不適切な譲り受け側の事案、支援機関の地域偏在。
- 中小企業庁「M&A支援機関登録制度」・「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」(2026年9月閲覧) — 集計結果は任意報告を含む参考値です。
- 独立行政法人中小企業基盤整備機構「令和6年度に認定支援機関等が実施した事業承継・引継ぎ支援事業に関する事業評価報告書」(令和7年9月30日) — 事業承継・引継ぎ支援センターの成約案件であり、M&A市場全体を代表するものではありません。
- 金融庁「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」(令和8年8月)・「M&A・事業承継時における経営者保証情報ネットワーク」の開設について(令和8年5月1日)
- 厚生労働省「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」、e-Gov法令検索会社法
※判断表・自己診断は、公的資料をもとにした編集部の整理です。個別案件の法務・税務・財務上の判断は、弁護士・公認会計士・税理士にご確認ください。



