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企業価値を高める指標ROICの使い方 中小企業は投下資本の定義から決める

公開 2026.09.09

ROICは税引後営業利益÷投下資本で、本業に寝かせた資本の効率を測る指標です。ROE・ROAとの違い、投下資本の定義で数値が2倍近く動くこと、中小企業実態基本調査の実数を使った計算例、非上場企業で資本コストをどう置くかまでを一次情報で整理します。

ROICは、投下資本の定義を決めてからでないと数字が意味を持たない指標です。
  • 同じ中小企業の平均値でも、投下資本を「有利子負債+自己資本」と置くとROICは3.6%、「営業運転資本+事業用固定資産」と置くと6.5%。1.8倍の差が定義だけで生まれます(中小企業実態基本調査の実数からの編集部試算)
  • ROICの本来の使い方は資本コスト(WACC)との比較ですが、経済産業省の価値協創ガイダンス2.0は資本コストについて「絶対的な定義はない」と明記しています。非上場企業で厳密なWACCを出そうとすると、そこで止まります
  • ROE8%という水準は、経済産業省の伊藤レポートが「グローバルな投資家と対話をする際の最低ライン」として示したものです。上場企業と機関投資家の対話が前提であり、非上場の中小企業にそのまま持ち込む数字ではありません

「利益は出ているのに資金が残らない」という違和感の正体は、多くの場合、稼いだ額ではなく、稼ぐために寝かせている資本の量にあります。ROIC(投下資本利益率)はそこを測る指標です。ただし中小企業では、大企業向けの使い方をそのまま持ち込むと機能しません。本稿は、自社がROICを使うべきかを先に判断できるようにしたうえで、投下資本をどう定義するか、公的統計の実数でどの水準になるか、資本コストをどう置くか、月次でどう回すかまでを整理します。

最初に結論:ROICを使うべき会社と、先に別の指標を見るべき会社

ROICは万能の指標ではありません。導入して意味が出るのは、分母(投下資本)を経営判断で動かせる会社です。判断基準を先に示します。

まず見るべき判断表|自社の状況別・ROICの有効度

自社の状況ROICの有効度先にやること
事業(商材・拠点)が複数あり、資源配分を毎年決めている高い事業別に投下資本を割り当て、事業ごとにROICを出す
在庫・売掛金・設備が重く、運転資本が売上の2か月分を超える高い運転資本ベースの投下資本で測り、回転率を分解する
数年内に設備投資や出店・増員の意思決定を控えている高い投資判断のハードルレートとして使う
単一事業で、設備も在庫もほとんど持たない低い売上高営業利益率と労働生産性を月次で追う
事業別・部門別の損益がまだ出ていない使えない分子(営業利益)を事業別に作るところから
資金繰りが逼迫している、または月次試算表が翌々月にしか出ない使えない資金繰り表と月次締めの整備を優先する

ROICは「儲かっているか」ではなく「儲けに対して資本を使いすぎていないか」を測る指標です。投下資本の定義を先に1枚に書いて固定しないと、同じ会社でも数値が1.8倍動きます。

ここで押さえておきたいのは、ROICは「儲かっているか」ではなく「儲けに対して資本を使いすぎていないか」を測る指標だという点です。したがって、使いすぎるほどの資本を持っていない会社では、出しても打ち手が変わりません。逆に、在庫と設備を抱えて借入で回している会社ほど、この指標は効きます。

もうひとつ、ROICは月次の管理指標というより、年1回から半期に1回の資源配分の道具です。1か月で在庫や設備が大きく動くことはないため、毎月ROICを会議に出しても議論は生まれません。毎月追うべき指標は別にあります(後述)。

❌ 「経営指標として流行っているので、まず全社ROICを算出して役員会に出す」 ⭕ 「事業が複数あるか、運転資本と固定資産が重いかを先に確認し、当てはまらないなら別の指標にする」

ROICは何を測る指標か ROE・ROAとの違いを意思決定で分ける

ROICの算式は次のとおりです。

ROIC = 税引後営業利益(NOPAT)÷ 投下資本

税引後営業利益は、営業利益に(1−実効税率)を掛けて求めます。営業利益を使う点が要で、受取利息や有価証券の売却損益といった本業以外の損益、そして支払利息のような資金調達の影響を、分子から外しています。

ROE・ROAとの違いは、算式そのものより「経営者のどの判断に効くか」で捉えたほうが実務的です。

指標分子分母数値が上がる主な打ち手経営者のどの判断に効くか
ROE(自己資本利益率)当期純利益自己資本利益を増やす/自己資本を減らす(借入を増やす、配当・自社株買いを増やす)株主への還元と資本構成
ROA(総資産利益率)当期純利益または営業利益総資産利益を増やす/総資産を減らす(遊休資産・現預金の圧縮を含む)資産全体の使い方
ROIC税引後営業利益投下資本(本業に投じた資本)本業の利益率を上げる/運転資本と設備を減らす事業への資源配分と投資の可否

ROEは、借入を増やして自己資本比率を下げるだけでも上がります。 財務の安全性を犠牲にした数値改善が混ざるため、これ単独で事業の良し悪しは判断できません。ROAは分母が総資産なので、本業と関係の薄い資産(後述するとおり中小企業では現預金と投資その他の資産が大きい)まで巻き込みます。

ROICはこの2つの弱点を外し、「本業に投じた資本が、税金を払ったあとでどれだけ稼いでいるか」だけを見ます。だからこそ、事業Aと事業Bのどちらに次の1億円を回すか、という判断に直接使えます。

この整理は、国の文書でも明示されています。経済産業省が2026年7月21日に公表した「成長投資ガイダンス」は、ROICを重視する理由をROEとの比較で次のように述べています。「ROE は株主資本に対する利益水準を示す指標として重要である一方で、負債比率を高めることや、投下資本の縮減・抑制、自己株式の取得等によっても、短期的には ROE を上昇させることが可能となる。これに対して、ROIC は、負債・株主資本の別を問わず事業に投下された資本に対する収益性を捉えることから、資本構成の変化による見かけ上の改善の影響を相対的に受けにくく、事業活動そのものが生み出す価値創造をより直接的に把握し得る」(出典:経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 価値創造経営小委員会成長投資ガイダンス、2026年7月21日)。

ただし、この文書は中小企業向けに書かれたものではありません。 同ガイダンスは「本ガイダンスの主たる対象者は、成長投資を通じて価値創造を拡大しようとする上場企業」と明記しています。企業側で想定されている読者は、CEO・取締役会(社外取締役を含む)、執行陣、その実装を主導するCFO・CSO等の経営・財務戦略担当者、経営管理・FP&A等を担う職員で、あわせて機関投資家等の投資家も主な対象とされています。本稿は、指標の定義と分解の考え方は借りつつ、そこに書かれた水準や開示の実務を自社の目標にそのまま読み替えないという線引きで扱います。

なお、財務省の法人企業統計では、総資本営業利益率(=営業利益÷総資本)について「総資本利益率が高い場合は、投下資本が効率的に使用されており、収益性が高いと言えます」「この比率は売上高利益率と総資本回転率の2つの構成要素に分解することができる」と説明しています。ROICもこの分解構造をそのまま受け継いでいます(出典:財務省財務総合政策研究所法人企業統計からみえる企業の財務指標、2024年度計数。算式の定義は同研究所法人企業統計における財務営業比率の算式)。

実効税率をどう置くか

分子に掛ける税率も、決めておかないと毎期ぶれます。財務省によれば、日本の法人実効税率は2018年度以降29.74%です(2014年度の改革前は34.62%)。2026年4月施行の防衛特別法人税の課税対象に該当する場合は30.64%になります(出典:財務省諸外国における法人実効税率の比較、2026年1月現在)。

ただし中小企業は、この数字をそのまま使うと税負担を過大に見積もることがあります。法人税の税率は原則23.2%ですが、資本金1億円以下の普通法人については、所得のうち年800万円以下の金額に15%の軽減税率が適用されます(令和9年3月31日までに開始する各事業年度。ただし令和7年4月1日以後に開始し所得金額が年10億円を超える事業年度は17%)(出典:財務省法人課税に関する基本的な資料)。

実務上は、自社の直近3期の「法人税等÷税引前当期純利益」を平均して固定するのが最も説明しやすい方法です。均等割や交際費の損金不算入まで含めた実際の負担率が出るためです。本稿の計算例では、比較可能性を優先して法定実効税率29.74%を使います。

投下資本の定義で数値は1.8倍動く 公的統計の実数で確かめる

ROICでいちばん事故が起きるのが分母です。投下資本の定義には代表的なものが2つあり、どちらを選ぶかで数値が大きく変わります。

定義中身見ている角度向く場面
①調達サイド有利子負債 + 自己資本資金をいくら集めているか資本コスト(WACC)と比べるとき
②運用サイド営業運転資本 + 事業用固定資産事業にいくら使っているか現場の打ち手に落とすとき

①は「株主と金融機関から預かっている資本」、②は「そのうち実際に本業で使っている資本」です。理論上は資金の調達と運用は一致しますが、現預金や投資有価証券のように、集めたけれど本業では使っていない資本があるため、実際には一致しません。

このうち②については、国が定義を置いています。前掲の成長投資ガイダンスは「ROIC = NOPAT ÷ 投下資本」としたうえで、「なお、本ガイダンスでは、『投下資本』を『運転資本+固定資産-非事業用資産』として、事業活動に用いる資本と捉えている」と注記しています。除く対象となる非事業用資産の例として、本文では現預金、政策保有株式、非事業用不動産が挙げられています。NOPATについても「営業利益から、みなし税金(営業利益に実効税率をかけたもの)を控除した金額」と定義されています(前掲・成長投資ガイダンス、2026年7月21日)。

主たる対象者を上場企業と定めた文書ですが、投下資本の定義そのものは規模を問わず使えます。 社内で定義を決めかねているなら、②をこの形に寄せておけば、なぜその式なのかを説明できる状態になります。本稿の②が「営業運転資本+事業用固定資産」なのは、現預金と投資その他の資産を非事業用資産として分母から外しているためです。

どれくらい違うのか、公的統計の実数で確認します。中小企業庁の「中小企業実態基本調査」は、中小企業基本法第10条の規定に基づき平成16年度から毎年実施されている一般統計調査です。令和7年調査は令和7年6月1日現在で実施され、標本109,901社に対し有効回答45,241社(有効回答率41.2%、うち法人企業36,491社)、法人企業の母集団は1,701,437社です。以下は令和6年度決算実績の確報値(全産業・法人企業の合計、単位は兆円)です。

項目金額総資産に占める割合
売上高664.9−
営業利益24.3−
総資産621.2100.0%
うち現金・預金147.223.7%
うち受取手形・売掛金80.713.0%
うち棚卸資産57.99.3%
うち有形固定資産182.629.4%
うち無形固定資産4.60.7%
うち投資その他の資産87.014.0%
支払手形・買掛金63.5−
有利子負債(借入金+社債)199.6−
純資産279.144.9%

(出典:中小企業庁中小企業実態基本調査 令和7年確報(令和6年度決算実績)統計表2「資産及び負債・純資産(法人企業)」および統計表3「売上高及び営業費用」の産業別・資本金階級別表の拡大推計値。確報は2026年6月公表)

ここから2つの定義でROICを計算します。以下の計算はいずれも編集部の試算です。実効税率は29.74%とし、税引後営業利益は24.3兆円×(1−0.2974)=17.1兆円になります。

①調達サイド②運用サイド
投下資本の中身有利子負債199.6+純資産279.1営業運転資本75.1+有形無形固定資産187.2
投下資本478.7兆円262.3兆円
税引後営業利益17.1兆円17.1兆円
ROIC3.6%6.5%

営業運転資本75.1兆円は、受取手形・売掛金80.7+棚卸資産57.9−支払手形・買掛金63.5で求めています。

①調達サイド(有利子負債+自己資本)

3.6%

投下資本478.7兆円。資本コスト(WACC)と比べるときに整合的

②運用サイド(営業運転資本+事業用固定資産)

6.5%

投下資本262.3兆円。現場の打ち手に落とすときに直結する

同じ会社(同じ統計)を、同じ利益で測っているのに、3.6%と6.5%という1.8倍の開きが出ます。 差の正体は、現預金147.2兆円と投資その他の資産87.0兆円です。②の定義ではこの234兆円が分母から外れます。なお、②に投資その他の資産を足すと349.3兆円となり、ROICは4.9%になります。定義は3通り以上作れてしまうということです。

参考までに、税引後営業利益を総資産621.2兆円で割った数値(税引後ROA相当)は2.8%です。分母を広げるほど数値は下がります。

❌ 「ROICは7%あるので合格」と、算出方法を明記せずに社内で共有する ⭕ 「投下資本=営業運転資本+有形無形固定資産(期末残高)」と1枚に書いて固定し、過去3期も同じ式で引き直す

中小企業でどちらを使うべきかには、実務的な答えがあります。現場の打ち手に落とすことが目的なら②、金融機関や資本コストとの比較が目的なら①です。両方を出しても構いませんが、その場合は必ず両方の数値を並記してください。片方だけを場面ごとに使い分けると、社内で数字が信用されなくなります。

なお、本稿の計算は期末残高を使っています。財務省の法人企業統計は総資本営業利益率を「期首・期末平均」で定義しており、期中に大きな設備投資をした年度は数値が変わります。自社で回すなら期首・期末平均を推奨しますが、いずれにせよ毎期同じ方法にすることが先決です。

資本金規模別・業種別に見ると、ROICは景色が変わる

同じ統計を資本金階級で切ると、規模が大きいほどROICが高いという傾向が見えます。以下はすべて編集部の試算です(実効税率29.74%、期末残高ベース、投下資本は②運用サイドの定義)。

資本金階級売上高(兆円)売上高営業利益率投下資本回転率ROIC(②)ROIC(①)
1千万円以下224.22.8%2.48回4.9%2.7%
1千万円超〜3千万円152.23.6%2.80回7.0%3.7%
3千万円超〜5千万円118.43.7%2.79回7.3%4.0%
5千万円超〜1億円135.24.3%2.26回6.9%4.0%
1億円超〜3億円21.46.0%2.14回9.1%5.6%
3億円超13.77.6%2.56回13.6%5.3%
合計664.93.7%2.54回6.5%3.6%

この表は資本金の額による区分であり、従業員数や売上規模による区分ではありません。法人企業1,701,437社のうち1,411,317社(83%)が資本金1千万円以下の層に属し、その層が売上高全体の34%を占めます。資本金の額と事業規模が一対一で対応するわけではないことは、この構成比からも読み取れます。そのうえで見えるのは、売上高営業利益率が2.8%から7.6%へ一貫して上がっていることです。ROICの差は、回転率ではなく利益率の差から来ています。

業種で切ると、まったく別の構造が見えます。

業種売上高営業利益率投下資本回転率ROIC(②)営業運転資本回転期間
全産業3.7%2.54回6.5%1.36月
建設業4.9%3.17回10.8%1.36月
製造業4.0%2.08回5.8%2.08月
情報通信業5.4%3.52回13.4%1.18月
運輸業,郵便業3.0%2.26回4.7%0.50月
卸売業2.3%5.70回9.2%0.93月
小売業1.7%4.12回5.0%0.94月
不動産業,物品賃貸業8.6%0.59回3.5%4.02月
学術研究,専門・技術サービス業11.4%2.79回22.5%1.26月
宿泊業,飲食サービス業2.9%1.77回3.5%0.27月
生活関連サービス業,娯楽業2.0%2.25回3.2%0.19月
サービス業(他に分類されないもの)4.4%3.11回9.6%0.95月

(前掲・中小企業実態基本調査 令和7年確報の実数からの編集部試算。営業運転資本回転期間は「営業運転資本÷(売上高÷12)」)

EDITORIAL ESTIMATE

業種別のROIC(②運用サイドの定義)

学術研究,専門・技術サービス業22.5%
情報通信業13.4%
建設業10.8%
卸売業(営業利益率2.3%)9.2%
全産業6.5%
不動産業,物品賃貸業(営業利益率8.6%)3.5%
出典:中小企業庁「中小企業実態基本調査 令和7年確報(令和6年度決算実績)」の実数からの編集部試算。

利益率の順位とROICの順位は入れ替わります。 不動産業・物品賃貸業の売上高営業利益率8.6%は全業種で2番目に高い水準ですが、投下資本回転率が0.59回しかないため、ROICは3.5%と全産業平均6.5%の半分近くまで落ちます。逆に卸売業は営業利益率2.3%と低いのに、回転率5.70回でROICは9.2%になります。

利益率だけを見て事業の良し悪しを決めていると、この逆転を見落とします。 卸売事業から撤退して不動産賃貸に資源を移す、という判断が、利益率の比較だけからは正しく見えてしまう。ROICはこの誤りを防ぐための道具です。

❌ 「粗利率の高い事業に資源を寄せる」と、利益率だけで資源配分を決める ⭕ 「その事業がいくらの資本を寝かせているか」を並べ、利益率×回転率で比べる

分解して現場の打ち手に落とす

ROICは、次の2つに分解できます。

ROIC = 税引後営業利益率 × 投下資本回転率

前掲の全産業平均で確かめると、税引後営業利益率2.57%×投下資本回転率2.54回=6.5%となり、計算が合います。この2つのどちらが自社のボトルネックかで、打つべき手はまったく変わります。

この分解は、成長投資ガイダンスも注記で同じ形を示しています。「ROIC =(NOPAT / 売上高)×(売上高 / 投下資本(IC))= NOPAT Margin × 投下資本回転率」。そのうえで投下資本回転率の改善策として、①運転資本の圧縮、②固定資産の効率化、③非事業用資産の整理の3つを挙げ、①については「在庫回転日数・売掛回転日数・買掛回転日数などを KPI 化し、CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)を短縮運用することが考えられる」、②については「設備の稼働率や生産性をモニタリングしつつ、低稼働・遊休資産については売却・再配置等を含め整理する」ことが考えられるとしています(前掲・成長投資ガイダンス、2026年7月21日)。

さらに枝を伸ばすと、現場が動かせる単位になります。

分解した先責任を持てる部署動かし方
売上高営業利益率 → 原価率製造・仕入歩留まり、仕入条件、外注比率
売上高営業利益率 → 販管費率全社人員配置、広告、賃借料
投下資本回転率 → 売上債権回転期間営業回収サイト、前受金、与信
投下資本回転率 → 棚卸資産回転期間製造・仕入発注ロット、滞留品の処分
投下資本回転率 → 買入債務回転期間購買支払サイト(延ばすと分母は減る)
投下資本回転率 → 有形固定資産回転率経営遊休設備の売却、リースと購入の選択

前掲の統計では、全産業の営業運転資本回転期間は1.36月です。製造業は2.08月と長く、宿泊業・飲食サービス業は0.27月と短い。製造業で運転資本が売上3か月分を超えているなら、業種平均から見て資本を寝かせすぎている可能性がある、という読み方ができます。運転資本が資金繰りに与える影響と、業種別・規模別の水準は資金繰りを安定させる手元資金の決め方 月商の何か月分必要かを業種別データで判断するで詳しく扱っています。

ここで注意すべきなのは、経済産業省の価値協創ガイダンス2.0が指摘している点です。同ガイダンスは、企業全体の価値創造に関連するKPI(ROE、ROIC等)を示すことは有益だが「それだけでは企業がそれを達成するためにどのような具体的行動を取るかが見えにくい」とし、全体のKPIを分解した結果が現場の独自KPIに結びつくように設計することを求めています(出典:経済産業省価値協創ガイダンス2.0、2022年8月、4.2「企業価値創造と独自KPIの接続による価値創造設計」)。

同じ趣旨は伊藤レポートにも書かれています。ROEを事業の利益率や資産の回転率等に要素分解して現場の目標に落とし込むこと、その際に個々の事業を評価するためROIC等を活用することが有益だ、という文脈です(出典:経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブ」プロジェクト(伊藤レポート)最終報告書、平成26年8月、論点3.2)。

全社ROICを部門長に見せても、誰も動けません。 営業には売上債権回転期間、製造には棚卸資産回転期間というように、自分の裁量で動かせる指標へ翻訳するところまでが設計です。分子である営業利益を事業別に作る工程は部門別損益の作り方 共通費を配賦しないで月次を回す最短ルートに、月次で回す指標の選び方は中小企業のKPI設計 ローカルベンチマークの6指標から選び月次で回すにまとめています。

分母を減らす動機が、投資を止めないようにする

分解して現場に配ると、必ず起きる副作用があります。分母を小さくすれば数値が上がるため、必要な投資まで止まることです。成長投資ガイダンスは、この点に釘を刺しています。

人件費については「賃金の抑制等により短期的に資本効率を改善するのではなく、人材への投資や適切な賃上げを通じて生産性向上や付加価値創出を促し、中長期的に ROIC-WACC スプレッドを拡大していく視点が求められる」。販管費についても「ブランド構築、研究開発の一部、人材育成、デジタル基盤整備など、将来の価値創造に資する無形資産投資も含まれるため、販管費を一律にコストカットの対象と捉えることは適切ではない」としています(前掲・成長投資ガイダンス、2026年7月21日)。

指標を配る前に、削ってよい費用と削ってはいけない費用の線引きを決めておいてください。 賃上げと採用を止めれば翌期の数値は上がりますが、その次の期に人が採れなくなります。

❌ 「ROICを上げるため、人件費と販管費を一律◯%削減する」 ⭕ 「販管費の中身を、価値創造につながる支出と惰性の支出に分けたうえで、後者だけを圧縮する」

資本コスト(WACC)をどう置くか 非上場企業の現実的な代替案

ROICは単独では評価できません。資本コストを上回っているかどうかが判断基準です。ところが、ここが非上場の中小企業にとって最大の関門になります。

まず、公的資料がどう書いているかを確認します。価値協創ガイダンス2.0は、資本コストについて次のように述べています。「資本コストは市場が期待する収益率であり、負債コストと株式コストの加重平均(WACC)といった考え方もあるが、絶対的な定義はない」。そのうえで、企業は資本コストを投資家との間の信頼関係や期待等を反映した総合的なものとして認識し、これに対する考え方を示すことが重要だ、としています(前掲・価値協創ガイダンス2.0、4.4「資本コストに対する認識」)。

ROE8%は、非上場の中小企業の目標ではない

伊藤レポートのROE8%は「グローバルな投資家と対話をする際の最低ライン」として示された水準で、上場企業と機関投資家の対話が前提です。資本コストそのものにも、価値協創ガイダンス2.0は「絶対的な定義はない」と書いています。

国のガイダンス自身が「絶対的な定義はない」と書いている以上、中小企業が精緻なWACCを求めて時間を使う理由はありません。

もうひとつ、よく引用される「ROE8%」の出どころも正確に押さえてください。伊藤レポートは、グローバルな機関投資家が日本企業に期待する資本コストの平均が7%超という調査結果を踏まえ、「ROEが8%を超える水準で約9割のグローバル投資家が想定する資本コストを上回ることになる」「グローバルな投資家と対話をする際の最低ラインとして8%を上回るROEを達成することに各企業はコミットすべきである」と述べています(前掲・伊藤レポート、論点3.3)。

これは上場企業と機関投資家の対話を前提とした数字です。 株式が市場で売買されず、株主が経営者本人か親族という会社に、同じ8%を機械的に当てはめる根拠はありません。

どれくらい結論が変わるか、試算で示します。前掲の統計から、全産業の有利子負債199.6兆円に対する支払利息・割引料は2.3兆円で、平均金利は約1.16%と計算できます(編集部の試算。支払利息は期中の額、有利子負債は期末残高のため近似値です)。投下資本(①調達サイド)に占める有利子負債の比率は41.7%、自己資本は58.3%です。ここに株主資本コストの仮定を置いてWACCを計算すると、次のようになります。

株主資本コストの仮定WACC(試算)ROIC(①)3.6%との差
3%2.1%+1.5ポイント
4%2.7%+0.9ポイント
5%3.3%+0.3ポイント
6%3.8%−0.3ポイント
8%(伊藤レポートの水準)5.0%−1.4ポイント
10%6.2%−2.6ポイント

(編集部の試算。負債コストは税引後0.81%=1.16%×(1−0.2974)で固定し、株主資本コストのみ変化させています)

株主資本コストを5%と置けば平均的な中小企業は資本コストを上回り、6%と置けば下回ります。 8%を当てはめれば、統計上の平均的な中小企業は「企業価値を毀損している」という結論になります。これは中小企業が一斉に価値を毀損しているという意味ではなく、上場企業向けの水準をそのまま持ち込むと指標が判断の役に立たなくなるということです。

この点は、国の分析と並べるとさらにはっきりします。成長投資ガイダンスによれば、グローバルトップ3000社に含まれる約350社の日本企業について、ROICと資本コスト(WACC)の差であるスプレッドは、2009年から2013年の▲0.8%から、2020年から2024年には▲0.04%へと約0.7ポイント改善しました。これはWACCが上昇する一方、ROICが5.4%から6.4%へと約1.0ポイント改善したことによると説明されています。同じ期間の米国企業のスプレッドは+4.2%から+5.3%、欧州企業は+2.2%から+2.1%です(前掲・成長投資ガイダンス、2026年7月21日)。

世界の上場大企業に名を連ねる約350社の日本企業でも、ROICは6.4%で、スプレッドはわずかにマイナスです。 前掲の中小企業平均が②運用サイドの定義で6.5%、①調達サイドで3.6%だったことと並べると、水準そのものは驚くようなものではありません。他社と水準を競うより、自社の3期を同じ定義で並べて説明できるほうが、経営としては実があります。

現実的な代替案は3つあります。

  1. 借入金利をハードルの下限に置く。 自社が実際に支払っている加重平均の借入金利(統計上の中小企業平均は約1.2%)は、自社の帳簿から確実に観測できる資本コストです。ROICがこれを下回っていれば、借入の利息すら本業で賄えていないことになります。まずはここを最低ラインにします。
  2. 借入金利にリスクプレミアムを乗せ、役員会で決めて明文化する。 「借入金利+3ポイント」といった形で自社の要求水準を決め、根拠を1行書いて固定します。価値協創ガイダンス2.0が上場企業に求めているのも、精緻な計算ではなく「自社の考え方を示すこと」です。
  3. 事業ごとに別の水準を置く。 同ガイダンスは、事業ポートフォリオを説明する際に「事業別の資本コストを用いて各事業の財務パフォーマンスを示すことも有益である」としています。既存事業と新規事業に同じハードルを課すと、新規事業は必ず不合格になります。

もうひとつ、「これから借りる金利」も基準になります。 上の3つはいずれも自社の帳簿にある過去の調達コストが出発点ですが、これから設備投資をするなら、その資金を新しく借りる金利のほうが実態に近くなります。日本政策金融公庫の国民生活事業では、令和8年9月1日現在の基準利率が、担保を不要とする融資(税務申告を2期以上行っている方)で3.80〜5.40%、担保を提供する融資で2.80〜5.00%と示されています。同ページには「利率は、金融情勢によって変動しますので、お借入金利(固定)は、記載されている利率とは、異なる場合があります」との注記があります(出典:日本政策金融公庫金利情報(国民生活事業)、令和8年9月1日現在)。

その借入金利は、利上げで上がる局面に入っています。金利の動きと、在庫や売掛金を寝かせるコストの出し方は「日銀が31年ぶり1.25%へ利上げ」で、分母に残り続ける古い設備を替えるか手放すかは「設備の買い替えの判断」で扱っています。

すでに払っている金利(統計上の中小企業平均は約1.2%)は過去の調達コスト、公庫の基準利率はこれから調達するコストです。 借換えの進んでいない会社ほど両者は開きます。既存事業が稼げているかを見るなら前者、新しい設備投資の可否を判断するなら後者を上回るリターンが見込めるかで考えるのが、実務的な使い分けです。

❌ 「WACCは7%と一般に言われるので、それを基準に事業を評価する」 ⭕ 「自社の加重平均借入金利+αを役員会で決め、根拠を1行書いて3年間は変えない」

金融機関に自社の資本効率をどう説明するかは、中小企業の金融機関交渉術 経営者保証を外す3要件と、平時に渡す材料の決め方の観点とも重なります。なお、実際に会社を売却するときの価格はROICでは決まりません。譲渡価格の算定手法はM&Aの基本プロセス 仲介とFAの違い・手数料・譲渡価格の決まり方に整理しています。

ROICより先に見るべき指標がある会社

ここまで書いたうえで、正直に付け加えておくべきことがあります。中小企業の多くにとって、ROICは最優先の指標ではありません。

理由は3つあります。

第一に、現預金の扱いです。 前掲のとおり、中小企業の総資産621.2兆円のうち現金・預金は147.2兆円、23.7%を占めます。ROICの発想では、これは「本業に使われず寝ている資本」であり、圧縮対象です。しかし中小企業にとって手元資金は、売上が急減したときに事業を止めないための生命線です。ROICを上げるために現預金を減らすのは、多くの中小企業では優先順位を間違えています。 手元資金をどこまで持つべきかは資金繰りを安定させる手元資金の決め方 月商の何か月分必要かを業種別データで判断するで扱っています。

第二に、分子が作れない会社が多いことです。 ROICを事業別に出すには、事業別の営業利益が必要です。全社の営業利益しか出ていない状態でROICを算出しても、出るのは1つの数字だけで、資源配分の判断には使えません。まず事業別・部門別の損益を毎月出せる状態を作るのが先です。

第三に、公的な指標セットが別に用意されていることです。 経済産業省のローカルベンチマークは、売上増加率・営業利益率・労働生産性・EBITDA有利子負債倍率・営業運転資本回転期間・自己資本比率の6指標を算式まで確定させています。このうち営業運転資本回転期間は、ROICの分母の運転資本部分そのものです。ROICを導入しなくても、この6指標を月次で回していれば、資本効率の主要な論点はカバーされます。 6指標の算式と業種別の基準値の使い方は中小企業のKPI設計 ローカルベンチマークの6指標から選び月次で回すにまとめました。

では、いつROICに進むのか。目安は次の3つがそろったときです。

  1. 事業別の営業利益が毎月出ている(分子が作れる)
  2. 事業が2つ以上あり、どちらに投資するかを毎年決めている(比較の必要がある)
  3. 運転資本と固定資産の合計が売上高の3割を超えている(分母を動かす余地がある)

前掲の統計では、全産業平均の投下資本(②運用サイド)262.3兆円は売上高664.9兆円の39.4%です。業種によってはこの比率が1割台にとどまり、その場合は分母を動かしても効果が小さいことになります。

❌ 「先進的な指標から導入して、管理会計の水準を一気に上げる」 ⭕ 「事業別の営業利益 → ロカベンの6指標 → ROIC、の順に積み上げる」

月次でどう回すか 経営会議での使い方

ROICを導入すると決めた場合の運用を、頻度で切り分けます。すべてを月次にしないことが定着の条件です。

見るもの頻度出す人議論する場
売上債権回転期間・棚卸資産回転期間月次(翌月10営業日)経理月次会議
事業別の営業利益・売上高営業利益率月次(翌月10営業日)経理月次会議
事業別の投下資本・投下資本回転率四半期経理四半期の役員会
全社ROICと資本コストの比較年1回(決算時)経理決算報告・金融機関面談
投資案件のハードルレート判定案件発生時起案部門役員会

月次で追うのは分母の構成要素であって、ROICそのものではありません。 在庫と売掛は1か月で動きます。設備は動きません。動かないものを毎月報告させると、資料づくりだけが残ります。

経営会議での使い方は3つに絞れます。

1つめは、事業間の比較です。 事業別ROICを並べ、資本コストを上回っている事業と下回っている事業を分けます。ここで大事なのは、下回った事業をすぐ撤退対象にしないことです。立ち上げ期の事業は投下資本が先に立ち、利益が後から来るため、初期は下回るのが通常です。新規事業には別のハードルと期限を設定してから始めてください。

2つめは、投資判断です。 「この設備投資は、増える投下資本に対して何%のリターンを生むか」を起案の必須項目にします。年間の税引後営業利益の増加見込みを、投資額(増える運転資本を含む)で割るだけです。この1行があるかどうかで、投資の議論の質が変わります。設備投資については、国が計画認定や税制の確認で使っている年平均の投資利益率という別の物差しもあります。算式と水準は設備投資の判断基準にまとめました。

3つめは、金融機関への説明です。 借入で設備を導入する場面では、「その設備が生む利益が借入金利を上回るか」が金融機関の関心事そのものです。ROICの分解(利益率と回転率)を示せる会社は、返済原資の説明が具体的になります。事業計画に落とす手順は中小企業の事業計画書の作成ポイント 公的な様式を骨格に、金融機関用と補助金用を書き分けるを参照してください。

短期的にROICを上げようとすると、必要な設備投資まで止まります。中長期の成長投資は別枠で評価するという運用ルールを、導入と同時に決めておくのが安全です。伊藤レポートも、ROEを現場に落とし込む際に投資家側が「ROEを押し付けるのではなく、企業が事業活動の現場に具体的に落とし込めるように」努力すべきだと書いています。社内でも同じことが起きます。

5問で確認する ROICを導入できる準備度

ROICを経営会議に出す前に、自社が「使える段階」にあるかを確かめる簡易チェックです。

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5問で確認|ROICを導入できる準備度

いまの管理会計と事業の状態に、いちばん近いものを選んでください。回答はこの端末の中だけで処理され、送信・保存されません。

回答の進捗0 / 5
  1. Q1事業別(商材・拠点別)の営業利益が毎月出ている
  2. Q2事業が2つ以上あり、どちらに投資するかを毎年決めている
  3. Q3運転資本と固定資産の合計が、売上高の3割を超えている
  4. Q4投下資本の定義(何を分母に入れるか)を文書で決めている
  5. Q5借入金利を下限とした自社の要求水準(ハードルレート)を役員会で決めている

※一般的な検討項目を整理するための編集部独自の目安です。成果や適法性を判定・保証するものではありません。

まとめ

ROICについて、経営者が決めるべきことは4つです。

第一に、自社に必要かどうか。 事業が2つ以上あり、運転資本と固定資産が重く、投資判断が定期的に発生する会社では効きます。単一事業で資産の軽い会社では、出しても打ち手が変わりません。事業別の営業利益が毎月出ていない段階では、そもそも算出できません。

第二に、投下資本の定義。 中小企業実態基本調査の実数で試算すると、「有利子負債+自己資本」なら3.6%、「営業運転資本+事業用固定資産」なら6.5%と、1.8倍の開きが出ます。定義を1枚に書いて固定し、過去3期も同じ式で引き直してから並べてください。

第三に、資本コストの置き方。 価値協創ガイダンス2.0は資本コストに「絶対的な定義はない」と明記しており、伊藤レポートのROE8%は上場企業と機関投資家の対話を前提にした水準です。国の分析でも、グローバルトップ3000社に含まれる約350社の日本企業のROICは2020年から2024年の平均で6.4%、資本コストとのスプレッドは▲0.04%です。非上場企業では、自社の加重平均借入金利(統計上の中小企業平均は約1.2%)を下限とし、新規の設備投資はこれから借りる金利(公庫の基準利率など)を上回るかで判断し、そこにリスクプレミアムを乗せた水準を役員会で決めて明文化するのが現実的です。

第四に、頻度と使い道。 月次で追うのは売上債権回転期間・棚卸資産回転期間・事業別営業利益、四半期で投下資本回転率、年1回で全社ROICと資本コストの比較。この切り分けをしないと、半年で止まります。

業種別に見ると、営業利益率が高い業種のROICが低く、利益率が低い業種のROICが高いという逆転が普通に起きます。利益の大きさではなく、その利益を生むために資本をいくら寝かせているか。 ROICが問うているのはその一点です。まずは自社の営業運転資本回転期間を計算し、業種平均と比べるところから始めてください。資本効率の議論を全社の方向づけにつなげるなら、中小企業の経営戦略のつくり方 ロカベンと経営デザインシートで1枚にすると併せて読んでください。

NEXT ACTION / 次にやること

自社の営業運転資本回転期間を計算し、業種平均と比べる

(売掛金+棚卸資産−買掛金)÷(売上高÷12)で求められます。全産業平均は1.36月、製造業は2.08月です。業種平均より長ければ、そこがROICの分母を減らす最初の打ち手になります。

※本稿の試算はいずれも編集部が公的統計の実数から計算したものであり、統計作成機関が公表した指標ではありません。実効税率は法定実効税率29.74%、貸借対照表の数値は期末残高を用いています。個別企業の評価や投資判断については、公認会計士・税理士等にご確認ください。

よくある質問

QROICとROAは何が違うのですか。
A

分子と分母の両方が違います。ROICの分子は税引後営業利益(本業の利益から税金を引いたもの)で、分母は本業に投じた資本です。ROAの分子は当期純利益または営業利益で、分母は総資産です。実務上の差が大きいのは分母で、総資産には本業で使っていない現預金や投資有価証券が含まれます。中小企業実態基本調査の令和6年度決算実績では、法人企業の総資産621.2兆円のうち現金・預金が147.2兆円(23.7%)、投資その他の資産が87.0兆円(14.0%)を占めます。この合計38%近くを分母に含めるかどうかで、数値は大きく変わります。

Q投下資本は「有利子負債+自己資本」と「運転資本+固定資産」のどちらで計算すべきですか。
A

目的で選んでください。資本コスト(WACC)と比べるなら、調達構造と対応する「有利子負債+自己資本」が整合的です。現場の打ち手(在庫削減、回収サイトの短縮、遊休設備の売却)に落とすなら、「営業運転資本+事業用固定資産」のほうが直結します。前掲の統計からの編集部試算では、前者で3.6%、後者で6.5%と1.8倍の差が出ました。両方を出しても構いませんが、その場合は必ず両方を並記し、場面ごとに片方だけを使い分けないでください。定義を変えると前期比較が成立しなくなります。

Q中小企業の資本コストは何%と考えればよいですか。
A

公的に確定した数字はありません。経済産業省の価値協創ガイダンス2.0は、資本コストについて「負債コストと株式コストの加重平均(WACC)といった考え方もあるが、絶対的な定義はない」と明記しています。よく引用されるROE8%は、伊藤レポートが「グローバルな投資家と対話をする際の最低ライン」として示した水準で、上場企業と機関投資家の対話が前提です。非上場企業では、確実に観測できる自社の加重平均借入金利を下限に置き、そこにリスクプレミアムを乗せた水準を役員会で決めて明文化する方法が現実的です。中小企業実態基本調査の実数から試算すると、有利子負債199.6兆円に対する支払利息・割引料は2.3兆円で、平均金利は約1.16%になります。

QROICを上げるために現預金を減らすべきですか。
A

多くの中小企業では、優先順位が違います。中小企業実態基本調査によれば、法人企業の総資産に占める現金・預金の割合は23.7%です。ROICの理屈では圧縮対象になりますが、手元資金は売上が急減したときに事業を止めないための備えです。上場企業と違い、中小企業は市場から機動的に資金を調達できません。まず必要な手元資金の水準を決め、それを超える部分についてのみ、投資に回すか借入返済に充てるかを議論してください。分母を減らす打ち手としては、滞留在庫の処分、回収サイトの短縮、遊休設備の売却のほうが先に来ます。

Q事業別のROICを出すために、共通費や本社資産を配賦する必要がありますか。
A

初年度は不要です。事業別の営業利益は共通費を配賦せずに貢献利益(限界利益−部門固定費)までで止め、投下資本もその事業に直課できるもの(その事業の売掛金・在庫・設備)だけで組むほうが、運用が続きます。配賦基準を決める議論に入ると、数か月かかっても結論が出ないうえ、基準を変えるだけで事業の順位が入れ替わります。共通費を配賦しない部門別損益の作り方は部門別損益の作り方 共通費を配賦しないで月次を回す最短ルートにまとめています。なお経済産業省の成長投資ガイダンス(2026年7月21日)も、上場企業向けの文脈ながら「セグメント別に投下資本(B/S)と利益(P/L)を把握することは、実務上容易ではない場合もある」としたうえで、「当初は一定の仮定や簡易な配賦ルールに基づき、経営判断に資する水準で概括的に把握することから着手し、運用を通じて段階的に精緻化していくことが有効である」と述べています。同ガイダンスは注記で経済産業省の事業再編実務指針48頁を引き、事業セグメントごとの貸借対照表について「制度会計レベルの正確性を求めることは必ずしも必要ではなく、あくまでも管理会計として『ざっくり』で捉えればよいという考え方で、まずは整備するという姿勢が重要である」という考え方も紹介しています。精度より着手、という順序は上場企業でも同じです。

QROICが高い会社は、売却するときに高く評価されますか。
A

直接には結びつきません。中小M&Aで用いられる譲渡額の算定手法は、純資産をもとにするものと、利益(EBITDA等)の倍率をもとにするものが中心で、ROICを算定式に組み込む手法は一般的ではありません。ただし、少ない投下資本で利益を出している会社は、純資産に対して稼ぐ力が強いことになるため、純資産に数年分の利益を加算する形の交渉では有利に働きえます。算定手法の中身と、算出額がそのまま譲渡額にならない理由はM&Aの基本プロセス 仲介とFAの違い・手数料・譲渡価格の決まり方で扱っています。

Q業種平均のROICはどこで調べられますか。
A

統計としてROICを公表している官公庁はありません。本稿の業種別数値は、中小企業庁「中小企業実態基本調査 令和7年確報(令和6年度決算実績)」の統計表2・3の実数から編集部が試算したものです。自社で同じ計算をする場合は、同調査のe-Stat掲載データから、業種ごとの受取手形・売掛金、棚卸資産、支払手形・買掛金、有形固定資産、無形固定資産、営業利益、売上高を取り出せば再現できます。なお、財務省の法人企業統計は総資本営業利益率(営業利益÷総資本の期首・期末平均)を公表しており、2024年度の全産業・全規模は3.8%です。分母の定義が違うため、ROICとは水準が一致しません。

出典・調査の対象範囲

※判断表・試算・自己診断は編集部の整理です。個別企業の評価や投資判断については、公認会計士・税理士等にご確認ください。

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